『知っておきたい放射線のこと』

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 文部科学省から『知っておきたい放射線のこと』と題する本が、全生徒に配布しても余るほど、送られてきた。
 もちろん無料である。

 この国に高校生は、約336万人在籍している(文科省の統計による)から、莫大な予算が、投じられたことになる。
 100万部売れる本などほとんど存在しないから、この部数がどれほどたいへんな数字か、想像できよう。

 ちなみに、小中学生に対しても、それぞれの発達段階に即した教材が配布されているだろうから、総合計は1000万部を超えているはずだ。

 このたぐいの本は、以前からしばしば配布されていたのだが、正直言って、どうせ誰も読まないのだし、税金の無駄だよなという程度に受け止めていたから、内容を精査したことなどなかった。
 今回配布されたのは改訂版で、以前のものには、原発は地震や津波にも十分耐えられるというような記述があったらしく、その点についての改定が行われたものと思っていた。

 しかし、内容に目を通してみると、書くべきことをわざと欠落させてあり、「放射線は怖くない」というマインドコントロールを図ろうとしているのが見えすいている。
 その内容は、文科省サイトで見ることができるから、参照されたい。

 今、子どもたちに教えるべきは、放射線の恐ろしさや放射線から身を守る方法である。
 子どもたちが将来に至るまで、健康で暮らしていくためには、福島第一原発から流れだした放射性物質から守られる必要がある。

 例えば外部被曝についてこの本は、「万一、汚染してしまった場合は、シャワーを浴びたり洗濯をしたり洗い流すことができます」と述べている。
 シャワーや洗濯で放射性物質を完全に洗い流せるなら、第一原発の事故などとっくに収束しているはずだ。
 自分で現場に行きもせずに、こんな無責任なことが、よく言えるものだ。

 内部被曝については、「内部被ばくを防ぐには、放射性物質を体内に取り込まないようにすることが大切です」とのみ、記してある。
 空気も大地も水も、すべてが放射性物質に汚染されていて、それを完全に除染することが事実上不可能だということくらい、誰だってわかっているだろう。
 文科省は、「放射性物質を体内に取り込まないようにする」ためにどうせよというのだろう。
 呼吸をするな、水を飲むな、屋外に出るな、すなわち日本列島に住むなとでも言いたいのだろうか。

 放射線の人体への影響については、「ICRPでは、仮に蓄積で100ミリシーベルトを1000人が受けたとすると、およそ5人ががんで亡くなる可能性があると計算しています。現在の日本人は、およそ30%の人が生涯でがんにより亡くなっていますから、1000人のうちおよそ300人ですが、100ミリシーベルトを受けると300人がおよそ5人増えて、305人ががんで亡くなると計算されます」という書き方をしている。
 一般のガンで亡くなる人は1000人中300人だが、100ミリシーベルトの放射線によってガンになる人は、1000人中5人にすぎないという、数字のトリックである。

 少なからぬ人が放射線が人の遺伝子情報を改変するのではないかという危惧を持っているが、この本には、「被ばくをした本人には現れず、その子孫に現れる遺伝性影響についても研究されていますが、遺伝性影響が人に現れたとする証拠は、これまでのところ報告されていません」と述べている。
 それは、因果関係が論証されていないというだけであって、経験論的には明らかなことである。

 本書には、放射線が役に立つことを記した情報は詳しく説明されているのだが、害虫駆除の方法として使われている不妊虫放飼法について、「まず放射性物質のコバルト60から出るガンマ(γ)線を当てて不妊化した虫を大量に野外に放します。その後、放した虫と健全な虫が交尾を行ったとしても繁殖することができず、次世代の個体数を減らすことができます」と説明している。
 放射線を使って遺伝子を改変し、「次世代の個体数を減らすことができ」るのに、どうして人の場合に限って、遺伝的影響が現れないと言えるのだろうか。
 すぐ下のところでは、「品種改良は、放射線を当てることによって意図的に突然変異を起こさせ、病気に強い新品種や寒冷地に適した品種(変種)を得たりする技術です」とも言っているのに。

 唯々諾々とこんなものを子どもたちに配って、嘘八百を教えこんでよいものだろうか。

 巻末には、執筆者の一覧がある。
 中には、現場の教員もいるが、内容面で主導的役割を果たしたのは、原子力産業に寄生している「専門家」たちだろう。

 この人たちの名前をググってみれば、いたるところにトンデモ発言が出てきて、あまりにわかりやすい構図に唖然とする。
 例えば、上に述べた「放射能による遺伝子への影響は証明されてない」は、甲斐倫明氏である。

 米原英典氏は、「食べ物の中の放射性物質を気にし過ぎないということも大事なことです。心配しすぎて、野菜を食べないということになれば、そのほうが健康にはマイナスです」という高説の持ち主である。

 とどめは、執筆委員長の中村尚司氏で、食品セシウム基準厳格化「反対を」というメールを関係者に送った人物である。
 食品に含まれるセシウムの基準を厳しくすると福島県産の農産物が売れなくなるから、甘い基準のままにしたほうがよいという意見を「皆さんも出してくださいと書いたが、要請したつもりはない」などと、不思議な日本語を弄している。

 もし配るなら、この本がいかに怪しいかをきちんと説明しないとまずいんじゃないだろうか。

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