ゴーヤ

ゴーヤ佃煮

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ゴーヤ佃煮


 非常に激しい雨が降ったので、野良仕事もままならない。
 梅雨末期の豪雨という現象である。
 梅雨が明けたとみられると宣言した途端に梅雨前線が南下してきたのだから、気象庁としては、はなはだ気まずいところだろう。

 梅雨期の天気予報は、24時間以上先になると、ほとんどあてにならない。
 一年で最も、予報が外れやすい時期だ。
 思うに、前線の南北移動を予測する数式が確立していないか、もしくはその数式に入れる関数が得られないことが原因だろう。

 サイト内の「山の花讃歌」を手入れ。
 コンテンツはそのままだが、山の花の科別アーカイブを作った。
 「名前は忘れちゃったけどこの花はナデシコ科だよな」というときに、ナデシコ科のアーカイブから該当の花を探すことができる。

 登った山も忘れ始めたし、読んだ本も同様。
 花の名前も出てきにくくなってきた。
 ホームページは外部記憶装置である。
 この生活記も、基本的に農作業日誌である。

 ゴーヤが機関銃のようになり続けている。
 1本の苗から30個の実がなるとして、6本植えたから合計180個できる。
 食うのに苦労するのは、ありがたいと思わねばならない。
 ゴーヤは、酢を入れて煮ると美味い。

 ツクツクボウシが鳴きはじめた。

唐松山の花

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ナガハシスミレ


イワカガミ1


イワカガミ2


イワカガミ3


 終日、農作業。

 オクラ・ゴーヤ・エンサイの芽出し苗の植えつけ。
 里芋のウネの草むしり。
 今年は雑草の伸びが早く、ちょっと芽を出した里芋が、草の中に完全に埋没してしまっていた。

 アスパラガスの除草・追肥と倒伏防止用支柱立て。
 アスパラの収穫期はたいへん短い。
 これからもまだ出てくるが、今後は来年4月の収穫期まで、メンテナンスしながら株を太らせる。

 自宅で、まこま菜・新芯菜・バイアムの種まき。
 これは、夏でも大量の菜っ葉を食べる心算である。

 山日記のルート図のアイコンが正常に表示されなかった原因が判明した。
 アイコンを指定しているコード表(iconlut.xml)の記述が間違っていたためだが、プログラムのあるフォルダでこれを修正してもバグが直らなかったのは、ルートファイル(kmlファイル)を出力する際にプログラムが参照しているのは、Windowsのデータファイルにあるコード表なのだった。
 開発元さまの解説を熟読してようやくそれに気づき、雲取山ルート図が正しく表示されるようになった。

 写真は、唐松山で見た花たち。

ウワミズザクラ

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ウワミズザクラ


 ほぼ終日、農作業。

 カボチャの試し植え2株。
 この2株は、肥料袋で防寒した。
 「八十八夜の別れ霜」は、今年の場合、5月1日だ。
 予想天気図だと、4月30日朝に移動性高気圧がやってくる。
 言い伝え通り、この日に、最後の降霜がありそうだ。

 ナス・ピーマン・トマト植えつけ準備。
 ナス苗4本、トマト苗(アイコ)4本、ピーマン(鷹の爪)2本は購入した。
 実生のピーマン苗は育苗中だが、20本くらいはできそうだ。

 タカキビと小松菜の小苗の植えつけ。
 落花生小苗の植えつけ。
 
 ビニールポットに、ゴーヤ・西瓜・エンサイの種まき。
 あとはオクラだが、こちらは直播のつもり。

 農作業の合間にkurooさんの「山里の記憶」原画展の鑑賞。
 これらの絵は、サイトでも見ることができるが、文字や絵のホンモノ感は、ネットでは感じられない。
 相変わらずの盛況だった。

 明日が最終日になる。
 まだ行かれていない方は、ぜひ足をお運びいただきたい。

 今年は沢沿いの林縁に、ウワミズザクラの花が多い。
 以前は、豪雪地帯の花と思っていたが、ウワミズザクラは当地でも意外に多いのである。
 今年は開花している株が特に多いのだろう。

 自宅の周囲では、トラツグミ・フクロウ・トビなどが鳴いている。
 これも山里ならではだ。

ウド

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ウド畑


酢味噌とゆでウド


きんぴら風

 ほぼ終日、農作業。

 キャベツ小苗の鉢上げ。
 先に植えつけたぶんより、半月ほど遅れていて、ちょうどよい。

 ゴーヤの種まき(直播)。
 明け方は寒いので発芽しないかもしれないが、バックアップは取ってある。

 タカキビとはと麦の種まき(直播)。
 今年はいずれも、あまりたくさん作らない。

 ヤーコンの芽が出始めたので、植えつけ準備。

 落花生の植えつけ準備。
 おおまさりは大粒なのはよいが、殻がとても硬くて食べづらいので、今年は無難に千葉半立に変更する。

 ナス苗を買って植えつけ。
 今年も千両二号を4本。

 ルバーブの今年初収穫。
 昨年のルバーブは、先日食べきったところだった。
 ジャムは冷凍室に入れておけば、長く保存できる。

 このひと月の間、身を粉にして働いてきたので、畑がかなり埋まってきた。

 ウドがどんどん伸びてきた。
 太い茎は酢味噌で、葉柄と皮はきんぴら風に、葉先は汁の具にするから、捨てるところが全くない。

ゴーヤ砂糖煮

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ゴーヤ砂糖煮



 日没が早くなって、退勤後の農作業がいよいよできなくなった。

 今は出勤前に畑に出ているが、夜明けも遅くなるから、それもできなくなっていく。

 晩秋とはそんな季節だ。

 ところで、夏野菜のゴーヤは今なお絶好調である。

 他の夏野菜たちが終了の気配を漂わせているところで、連日、キュウリ並みにできている。

 ということで、ゴーヤの消費方法もまた、悩ましい。

ゴーヤ甘酢漬け

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ゴーヤ甘酢漬け



 活を入れたのが効いてきたのか、ゴーヤがとてつもなく元気になった。

 今夜はゴーヤの炒めものとゴーヤの甘酢漬けをおかずで食べたあと、ゴーヤジュースを飲んだ。

 甘酢漬けは、漬ける前に軽く塩もみしたのだが、仕上がりが硬い。

 湯通ししたものを漬け込んだほうがよいかもしれない。

ゴーヤ

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ゴーヤ佃煮


ゴーヤジュース



 畑のキュウリはそろそろ終了になりそうで、一日3-4本程度しか生らなくなった。

 食べるぶんには、ちょうどよい。

 その一方で、スイカやゴーヤが元気になってきた。

 ゴーヤは、いつも油炒めでは飽きるので、工夫しなければならないのだが、いいレシピがなかなか見あたらない。

 とりあえず、ゴーヤ佃煮とゴーヤジュース。

 ゴーヤ佃煮は、ゴーヤを酢と醤油で煮詰める。

 これには、七輪必要。

 煮詰めてから、かつお節とゴマをかけて仕上げる。

 ビタミンCはほとんど消えてると思うが、まずまず食べやすい。

 しかし、大量には食べられない。

 ゴーヤジュースは、熟してオレンジ色になったゴーヤとバナナをりんごジュースとともにミキサーにかける。

 だからこんな色になるのだが、苦味は全くなく、飲みやすい。

 これだと、毎日1-2本のゴーヤを消費することができる。

 難点は、熟れたゴーヤは、放っておくとあっという間に腐れ落ちるということだ。

大前山山行記

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ニリンソウ



ミヤマキケマン



カキドオシ



ヤマブキソウ



オトコヨウゾメ



ガマズミ


 ビニールポットにゴーヤとスイカの種まき。

 ユウガオ小苗の植えつけ。

 水汲みと潅水。

 今夜、お湿りが予想されているが、降る量はごくわずかだろう。

 まとまった雨が降るまで、毎日バケツで水汲みだ。

 大前山山行記を追加。

雲取山山行記

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ミツバツツジ咲く
三峯神社シャクナゲ園にて
お狗さま1
お狗さま2
いつもの鹿

バイカオウレン咲く女坂

 ようやく雨がやんだので、朝夕の農作業を再開。

 ゴーヤの双葉苗の植えつけ。
 トンネルで作っていたチンゲンサイを片付け。
 冬越しした紅菜苔や宮内菜を片付け。

 この雨で、雑草の芽が一斉に出てきたので、片付けあとは管理機ですぐに耕耘。

 先月末に種まきした陸稲が、ようやく発芽した。

 雲取山山行記を追加。

里芋の植えつけ

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 多少、早起きをして、薪作りとキャベツ小苗の植えつけ。

 その後半日の休みをもらって、農作業と薪原木運びをしようと思っていたのだが、丸太置き場まで行ったところで、チェーンソーのエンジンがかからず、丸太運びはやめて、農作業のみ。

 きゅうり・南瓜・ゴーヤを紙ポットに種まき。
 ミニトマト苗を大きなビニールポットに植えかえ。

 畑で、里芋の植えつけとニラの植えかえ。
 こちらは、途中までで日没。

 さすがに働きすぎて、へとへとになった。

 写真は、潅水の甲斐あってようやく大きくなってきたカブ(百万石青首)。

 福島第一原発からの高濃度汚染水の漏出が今朝になって止まった。
 とはいえ、ここまでに、高濃度の放射性物質を含んだ水が、大量に流出しており、事態は「風評被害」にとどまらないと思われる。
 取り返しのつかないことになってしまったことに重ね重ね、憤りを感じる。
 汚染水をめぐっては、低濃度汚染水を海に捨てたことに対する反響のほうが大きいのは、手続きに瑕疵があったためだろうか。

 低濃度汚染水は海に捨ててしまったはずなので、事態はようやく、原子炉内部の高濃度汚染水をどうするかという、本来の難問に直面することになった。

 高濃度汚染水の問題をめぐって、28日に原子力安全委員長がどのような形ですみやかに実施できるかについて、安全委ではそれだけの知識を持ち合わせていないと述べて、国民を唖然とさせたところだが、原子力安全委員会が、原発設計に際し「長期間にわたる全電源喪失を考慮する必要はない」という指針を出していたことが判明した。

 こうなると、今回の事故に関しては、東京電力ではなく原子力安全委員会=国に主たる責任があると考えざるを得ない。

 また産経新聞によれば、作業員の被曝に備えた自家造血幹細胞の事前採取について、原子力安全委員会が「不要」と判断していた。
 同紙は、この判断の裏には、「政治的配慮」があったという憶測を述べているが、現在も100万円近い給料を食んでいる特別職公務員が、危機的状況下において、どんな役割を果たしているかを考えると、またまた暗澹たる思いにならざるを得ない。

 原子力安全委員会については、wikipediaを参照されたい。
 もっとも、wikiの記述は現在進行形で改変・追補されつつある。今後また、問題が出てくるかもしれない。

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