所用で東松山に行ったのだが、午後にはフリーになったので、まっすぐ帰宅せずに下仁田まで高速道路を走り、川井山を歩いてきた。
登山道なし。まともに登れるルートもないのだが、細引きを使うほどでもなかった。
ミツバツツジはもう咲き残り。山桜はちょうどよく、ヤマツツジはこれから最盛期と言ったところだった。
所用で東松山に行ったのだが、午後にはフリーになったので、まっすぐ帰宅せずに下仁田まで高速道路を走り、川井山を歩いてきた。
登山道なし。まともに登れるルートもないのだが、細引きを使うほどでもなかった。
ミツバツツジはもう咲き残り。山桜はちょうどよく、ヤマツツジはこれから最盛期と言ったところだった。
下仁田の大山へ。
先月は道路に積雪があって登山口まで行けなかったのだが、今回アプローチに問題なし。
けっこう激しい急登・急降下の山だった。
ここもミツバツツジが満開だった。
下山後、日没まで農作業。
スイートコーンの種まき。
スイートコーンを作るのは20年ぶりくらいだと思う。
一度にたくさんできても困るので、とりあえず少しだけまいた。
帰途、南牧村で買ったアスパラ苗の植えつけ。
朝からほぼ終日、農作業。
草むしりと夏大根の種まき。
降り出したので終了。
八束城址でもミツバツツジがよく咲いていた。
夜半から明け方にかけて、フクロウとトラツグミが啼く。
薄明になるとコジュケイ・ウグイスなども鳴きだす。
ガビチョウも啼くが、この鳥はいないほうがいい。
甘楽町の天引城址へ。
天引城の由来については、明確でない。
ネットでは山内上杉氏の家臣・甘尾若狭守の居城という説が紹介されているが、根拠に乏しい。
数段にわたってていねいに削平された曲輪を見ると、地元の土豪の城かと思えるが、根小屋らしき一角や氏神・氏寺らしき寺社も見当たらないから、百姓の城だった可能性も否定できない。
永禄5年に、武田信玄が略奪した穀類をここに集積したという記録があるようだが、それだけではなんとも言えない。
明確な堀切は1ヶ所だけだが、山のあちこちに岩場を構え、防御性は高い。
ミツバツツジがちょうど満開で、美しいこと、この上なかった。
下山後、農作業。
こんにゃく予定地の草むしり。
朝は氷点下3.9度まで冷え込んだのに、里山は早くも春爛漫。
ここは西上州(群馬県)下仁田の浅間山。
下山後、ほうれん草の種まき。
アメダスを見ると、朝は氷点下5.4度と、さほど冷え込んだわけではないが、室内気温が1度強と、今年もっとも低かった。
昨日らい、ひどく寒い。
軽トラがどうも、壊れた模様。
ディーラーさんに持って行って、入院。
困った。
畑・新資材置き場の修正。
金槌を持つ手の感覚がなくなるほど、風が冷たい。
気温が低かろうが、どこでもロウバイが咲いてる。
直播した大豆はほとんど発芽しなかったので、バックアップ苗の植えつけ。
間に合うかな。
大量の草むしり。
蜂に刺されたが、大したことにはならなかった。
写真は、宝篋山で見た花。
たぶんアマチャ。
アカショウビンが鳴き始めた。
梅雨になった実感が湧く。
食べ物が乏しくなったので、雨降りだが、畑に行って根菜少々を収穫。
筑波山上部ではハクウンボクが満開だった。
よからぬ粒子が浮遊しているという話だが、ずっと屋内にいられないので、ほぼ終日、農作業。
夏野菜予定地の耕うん。
植えつけは連休ごろだから、いずれもう一度耕す必要がある。
写真は、滝戸山のミツバツツジ。
里芋の植えつけ続き。
この冬、種芋の越冬は、ずいぶん気を使ったおかげでうまくいった。
ずっと作っている品種(たぶん土垂)と、登山に行った先で入手した八ツ子を植えた。
何年か前にたくさん出来すぎて懲りたので、ほどほどに。
草むしり。
かぼちゃ・サツマイモ予定地の草取り。
今年のサツマイモ苗は、自分で吹かすつもり。
帰宅後、草花の植え替え。
写真は、宝篋山のクサボケ。
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