瀬音の森解散

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オヤマ沢田代のワタスゲ


ズダヤクシュ


マイヅルソウ1


マイヅルソウ2

 木曜日は、有志団体瀬音の森の解散総会だった。
 瀬音の森が設立されたのは、1999年だから、つごう11年、活動してきたことになる。
 ここにかかわるようになったのは、NIFTY-Serveの釣りフォーラム(FFISH)の知人が多く参加していたからだった。

 自分の参加動機は、森林ボランティアの活動をやってみたかった点が大きかった。
 今もそうだが、自分の最大の遊び場だった奥秩父の渓流は、古い時代の大伐採や、近年の国道・林道建設などによって、無残に破壊されつつあった。
 渓流は、自然に放置していて復活することもあるが、人が手助けすることによって、復活はより、スムーズに進む。
 渓流で遊ばせてもらうものとして、渓流に恩返しすることが、人としての務めだと思われた。
 特に奥秩父・豆焼沢における渓畔林再生実験は、東大演習林と瀬音の森とのコラボレーションによって実現した、貴重な経験だった。
 でも、森林ボランティアとして参加した活動は、数えるほどしかない。

 瀬音の森は必ずしも、釣り人集団ではなかったから、活動を通じて、たくさんの人と新たに知り合うことができた。
 設立当初はまだいくらか若かったから、源流部会の仲間に入れていただいて、奥秩父の源流行に加えていただいたりした。自分にとって、以下の釣行体験はことごとく、珠玉のような思い出ばかりである。

http://www.yasutani.com/tani/2001/20010623.htm
http://www.yasutani.com/tani/2002/20020602.htm
http://www.yasutani.com/tani/2002/20020608.htm
http://www.yasutani.com/tani/2002/20020512.htm
http://www.yasutani.com/tani/2002/20020706.htm
http://www.yasutani.com/tani/2002/20020727.htm
http://www.yasutani.com/tani/2003/20030803.htm
http://www.yasutani.com/tani/2004/20040529.htm
http://www.yasutani.com/tani/2006/20060610.htm

 上記の釣行の他に、奥秩父の渓流清掃山行は、現在も継続中である。

 自分にとってこのような出会いの場だった瀬音の森だが、運営面では、代表(会長)の黒沢和義さん(kurooさん)に全面的に依存していた。
 黒沢さんにとってそれが、実務面・経済面ではもちろん、精神的にたいへんなご負担を強いることとなっていることは、わかっていたのだが、kurooさんに代われる人は、存在しなかったから、kurooさんの限界が、会の限界でもあった。

 瀬音の森は解散して、新たにネットワーク"瀬音"が立ち上がる。
 イメージとしては、NIFTYのFFISH"瀬音会議室"に近いような感じだが、もちろん、釣り人だけのネットワークではない。
 今しばらくは自分も、森や渓に出かける機会があろうものの、いずれは昔話を肴に飲むばかりとなっていきそうだ。^^;

 ここまでの人生の約5分の1を"瀬音の森"とともに過ごせたことに、感謝したい。
 おつき合いいただいた皆さん、kurooさんに、心から感謝申し上げます。

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