高橋敏『江戸村方騒動顛末記』

 武州多摩郡宇奈根村で19世紀に起きた村方騒動について掘り下げている。

 村方騒動とは、村役人の勤め方に関し、他の村役人や小前が異議を申し立て、それが領主の役所へ持ち込まれる訴訟沙汰である。
 問題が発生する事情は多様なので、歴史的なその意味については、一般的に定義づけることは簡単でない。
 江戸時代に頻発した村方騒動については、総合的に研究する必要があろう。

 村役人の勤め方の問題とは、年貢の割付に不正があるとか、年貢収取に際し一部を横領したなどが疑われる場合である。
 宇奈根村の場合も、その例にもれない。

 卒業論文で自分は、村役人の人格的権威が存在した時代には、年貢に関する実務は当初、村役人の人格的ヘゲモニーを背景とした「家業」の側面を有していたが、江戸時代後半に農民層分解が進行した結果、とくに小前に対し恣意やミスの許されない公的な業務の性格を強めた、という趣旨のことを書いた。

 そしてそれは、小前の村政レベルでの政治的自覚に反比例して、小前に対する村役人の人格的支配の背景であった領主の「御威光」が衰退していく、歴史的傾向だと結論づけた。
 今でも、おおむねそれでいいのではないかと思っている。

 宇奈根村の村方騒動は、文政八年、文政十一年、嘉永三年と、三度に渡って村を二分した。
 表向きのテーマは村役人の勤め方だが、本書を読むと、それだけにとどまらない、村役人同士の感情的なもつれが、うかがえる。
 かつて自分が調べた村方騒動では、村役人や小前惣代の背後に、小前層の意向がよく見えたのだが、本書からそれがよく見えない。

 幕末の村方騒動のどのような点が歴史的なのか、正面から論じていただきたかった。

(ISBN4-480-05913-X C0221 \680E 2001,1 ちくま新書 2021,9,25 読了)

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