笹本正治『武田信玄』

 武田信玄の生涯と事績についての歴史学的な概説書。

 伝説的な部分の大きい信玄像を、より事実に即したものへと修正しようとする意図が感じられる。

 歴史学的には既に常識化しているようだが、かつて教科書等に掲載されて慣れ親しんできた、でっぷりした信玄の肖像画も、別人だと述べられている。

 この本を読むと、武田信玄とは何だったのかが、よくわかってくる。

 信玄はまず第一に、甲斐を領国化した人物だった。

 戦国大名がみな同様の一元的・独裁的な支配をなし得たわけではない。甲斐の場合も、信玄の治世を通じて徐々に大名領国化が進展したということであり、その原動力は、度重なる信濃・駿河への侵攻だった。

 信玄の時代を通じて、甲斐に続く信濃の領国化は、ある程度進んだものの、それ以上巨大な大名領国を形成するには至らなかった。

 戦争を通じた支配・統制強化は、戦国大名の領国支配の王道だったかもしれないが、それほどリスキーで、永続性に欠けた。

 信玄の経済基盤は、直轄地からの年貢と田地銭(段銭)・棟別銭その他の税収入が基本で、よく言われる黒川金山からの収入については、詳細不明だという。

 股ノ沢(あるいは金山沢)金山を手がけたのは黒川金山の山師たちだという説もあるようだ。

 著名な信玄堤について、著者は、信玄による工事であるかどうか疑問だと記している。

 この点については、他の本も読んでもう少し調べてみたいが、列島における治水技術の一つの到達点を示すものではないかと思う。

 信玄の寺社信仰の篤さは知られているが、それは(織田信長以外の)他の戦国大名にも共通していた。

 現代人には理解しがたいこの時代の戦国武将の特異な信仰のおかげで、各地に立派な古刹・古社が残されている。

 甲斐・信濃散策の面白さは、彼の信仰のおかげでもある。

(ISBN4-12-101380-8 C1221 \660E 1997,9 中公新書 2012,8,13 読了)

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