森浩一・網野善彦『日本史への挑戦』

 サブタイトルに『「関東学」の創造をめざして』とある。
 「日本史」という学問分野を否定する書といってよいと思う。

 日本史とは、政治的な学問分野である。
 「日本」とは「日本列島」のことでなく、「日本民族」のことでもなく、「日本国家」のことである。
 日本国家を成立せしめたのはヤマト政権である。
 この国家は長らく、この列島でオフィシャルな存在であるために苦闘してきた。

 国家草創の物語のすべてを歴史の偽造と切り捨てては、実も蓋もないのだが、国家揺籃の物語だった日本の「建国神話」は、支配者が民衆に犠牲を強いるための卑劣な作り話として利用されてきたのが、実際のところである。

 アカデミックな「日本史」もまた、その延長線上に成立したし、例えば史的唯物論に立脚する非アカデミズム史学も、アカデミズムの方法に倣わねば科学的とはみなされなかったので、「日本史」というパラダイムを超えるものではなかった。

 「日本史」というパラダイムは捨て去った方がよいと思う。
 しいてこれを言うなら、「日本列島史」であって、国家としての日本の歴史は、日本列島史のごく一部をなすに過ぎない。
 「日本史」を学ぶ目的は「国民としての自覚を涵養するためである」というごとく、マインドコントロールみたいに偏頗な教説が登場するようでは、「日本史」など有害無益である。

 奈良・京都・東京を「中央」と発想せず、列島を地域の集まりと把握することによって、列島の歴史を偏見なく把握することができるのではないか。
 本のサブタイトルには「関東学」とあるが、関東が畿内に対するもう一つの極だったという理解だと、やはりおかしい。

 とりあえずは列島史という考え方でよいと思うが、地域というミクロな観点と、環日本海的な関係性や中国・琉球との関係性など、日本列島の持つ多面的な関係性を見るグローバルな観点を総合することによって、実態により近い列島像が得られるだろう。

 学校教育における「日本史」を、このままにしておいてはいけない。

(ISBN978-4-09190-1 C0121 \1000E 2008,12 ちくま学芸文庫 2011,4,18 読了)

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