小松真一『虜人日記』

 軍属としてフィリピン・ネグロス島に従軍し、戦闘(逃亡)に参加し、投降後、捕虜生活を送られた著者による記録。

 軍内のヒエラルキーに所属していないので、軍人の実態について、リアルな目で見ておられる。
 著者は、醸造学の知識を持ち、おそらく燃料用のアルコール類製造に携わっておられたのだと思うが、ネグロス島の前線で将校・兵とともにアメリカ軍の攻撃から退避する中で敗戦となり、捕虜となられた。

 食料の殆どない前線で銃砲撃にさらされていた中で書かれたのではなく、ルソン島の捕虜収容所時代に秀逸な挿絵とともに、出版の意図もなく、本稿を書かれたという。

 一瞬の偶然が生死を分けたジャングルでの逃避行が坦々と綴られている。
 逃避行の中で行き交う他の部隊の兵士から聞かれたであろう、規律の崩壊した軍隊で起きた食糧の奪い合いや殺し合い、人肉食などの情報も、あたかも日常の一環であるかのように記録されている。
 生と死の境界がぼやけてしまった前線で、慢性的な糧秣(食糧)不足に苦しんでいれば、何が起きたって驚くに値しなかったのだろう。

 将校・参謀たちの実態についても、リアルだ。
 当然のことだが、軍でどのような階級にある人間であれ、まともな人もいれば恥を知らない人もいる。
 著者の人間観察は鋭い。
 知識人であり、軍属としてヒエラルキーから自由だったから、軍人の人間性を観察する余裕があったのかもしれない。

 日本人とアメリカ人の国民性の比較や、敗戦の原因の考察、今後の日本のあるべき姿なども記されている。
 ここで語られている内容は、決して的はずれでない。

(ISBN4-480-08883-0 C0195 \1300E 2004,11 ちくま学芸文庫 2021,8,4 読了)