吉村昭『大本営が震えた日』

 太平洋戦争(大東亜戦争)開戦前夜の陸海軍の動きを丹念に追った小説。小説ではあるが、ほぼノンフィクションである。

 「日本」の開戦意思はすでに決定されており、ハル・ノートが提示される以前に、開戦は秒読み段階に入っていた。
 マレー上陸作戦と真珠湾攻撃の計画は、すでに細部まで組み立てられていたが、その実行には、アメリカとイギリスに奇襲を感づかれないことが前提となっていた。

 そのためには、実行に至るまで計画を完璧に秘匿することが必要となる。
 ところが、マレー作戦とハワイ作戦のいずれもが、間一髪の綱渡りだったらしく、作戦が結果的にすべて予定通り実行できたのは、軍にとって幸運以外のなにものでもなかった。

 きわめて危機的だったのは、命令書を携帯した参謀が旅客機の不時着により中国国民軍支配地に取り残された上海号事件と、マレー侵攻に際し予めタイに上陸をなかった南方軍とタイ軍とが本格的な交戦寸前に至った事態だった。

 いずれも現場の必死の判断・交渉などにより、開戦前における作戦の崩壊を避けることができたのだが、戦争が始まってからの「日本」には、そのような幸運が続くことなく、所期の作戦がほとんど機能しない苦戦を強いられることになる。

 最初の一撃が成功しなければ最初から苦戦、成功してもその後まもなくから苦戦。
 いずれにしても、指導部の理性が機能しない戦争だった。

(ISBN4-111711-X C0193 \360E 1981,11 新潮文庫 2021,7,27 読了)