保高みさ子『秩父事件の女たち』

 秩父事件参加者の家族に焦点を当てようとした短編小説集。

 文献史料の形で言動が残っているのは歴史的事件の当事者だから、ほとんどが男性である。
 歴史的事件を家族がどのように受け止め、どのようなその後の人生を送ったかもまた歴史なのである。

 家族にとっての歴史的事件は、文字などによって形として残ることはほとんどないから、それを調べるのは困難だし、調べることができたとしても、それを公にすることには、よほどの熟慮が必要である。

 小説はそもそもフィクションなのだから、必ずしも事実に拘泥しなければならないわけではない。
 とはいえ、モデルが実在する以上、いかなる潤色も問題ないとはいうわけにはいかないだろう。

 一部は名前を変えてあるとはいえ、この本が田代クニ、新井チヨ、小森コノ、井上こま、村上はんらをモデルにしていることは、容易に察せられる。
 参加者家族の思いに迫ろうという意図があったとしても、本書が基本的にフィクションだというのが前提だとしても、このように書いてよいものかどうか、極めて疑問に感じながら読んだ。

(ISBN4-06-203361-5 C0093 \1600E 1987,9 講談社 2021,7,26 読了)