三浦英之『白い土地』

 原発事故から10年を前にした周辺地域の現実を深く掘ったルポ。

 驚いたことに、為政者たちの脳内では、原発事故はほぼ収束したことになっているらしい。
 事故の際に放出された主な放射性物質の中で、ヨウ素13の半減期は8日、セシウム134は2年、セシウム137が30年である。
 したがって一見すると、事故発生時に生成・放出された放射性物質の中で、問題になるのは1万5000テラベクレルのセシウム137だけのように見える。

 しかし、事故原発はチェルノブイリ原発のように石棺処理されたわけではなく、今なお放射性物質を吐き出しつつあり、例えば2018年の放出量は9億3300万ベクレルで、広島原爆の約1個分に相当する。
 現在まだ、廃炉作業は緒についてもいない段階だが、燃料デブリを実際にいじくる作業が始まれば(それがいつになるかはまったく不明だが)、これらの放射性物質放出がさらに増えることが想定される。

 自分のような素人が容易にアクセスできる情報によっても、原発事故が終息に向かっているどころか、現在もなお進行中だということが理解できる。

 敗戦当時満州にいた「日本人」が棄民された歴史は、この国のもっとも恥ずべき過去だと思ってきたが、そうでもないのである。
 普通のおとなは、妄想と現実は別なのだということを理解しているが、為政者のなかにそれがわかっていない人が、どうやらいるらしい。
 そのような人は、妄想が現実であってほしいときには、現実を見ずに妄想の方こそ現実だと自分が決めれば、現実を変えることができると考える。
 現実を変える権力は、人事権である。

 事故が終息し、フクシマは復興をほぼ実現したという妄想を、権力者が誇らしげに語ると取り巻きは、放射性物質の降る街の安全に太鼓判を押して人々を帰還させ、除染されず危険な街は人の目から見えないように隠し、大々的なイベントを見せて現実を見えなくさせる。

 それでも、人は暮らさなければならないし、暮らしがあれば悲しみばかりでなく喜びも希望もある。
 12本のルポのすべてが、胸打つ現実である。
 せめてこれを知らねばならない。

(2020,10 集英社クリエイティブ Kindle本 2021,3,16 読了)