西浦博『理論疫学者・西浦博の挑戦』

 2020年2月から夏ごろにかけて感染症の専門家と政府が、covid-19のパンデミックに対しどのように取り組んできたのかを時系列で綴っている。

 危機対応に際しては、考えうるもっとも高度な知恵を有効に組織して、スピーディに決断することが求められる。
 対応を間違えると、大きな犠牲を払うことになる。

 著者は専門家の一員として、政府と二人三脚で感染抑圧の方策づくりに取り組んでこられた。
 政策決定のためのデータや意見を提供するのが、専門家の役割だった。
 政策決定は政治家の仕事である。

 それぞれの役割認識やスムーズな政策決定が危機対応能力ということになる。
 世界はこの一世紀の間、パンデミックを経験してこなかったし、原因ウィルスがどのように動作するのかも明らかでなく、いずれの国でもリーダーたちは手探りの対応を迫られた。

 事態が悪化し始めた2月ごろの政府は、医師や専門家の意見をさほど真剣に用いた様子はなかった。
 検査の抑制もひどかったが、自分的には、専門家の意見に基づかないスタンドプレーだった学校の長期休校は、子どもたちの暮らしと心をずたずたにした酷い悪手だったと言わざるを得ない。
 それに対する政府の責任は重いが、政治家の考えが浅かったことを言い募っても、詮ないことである。

 発生した主要な患者集団を追跡して接触者を調べ、感染経路を断つという手法は、市中感染に至る前の段階では一定有効だった。
 保健所・病院のオーバーワークは憂慮されたが、彼らの必死の奮闘により、爆発的な感染に至ることなく、社会を持ちこたえることには成功した。
 人の接触を断つのが感染防止の唯一最大の方法なのだが、渋々ながら政府もそのための出費を認め、国民の協力もあって、事態は収束の方向に向かっているかに見えたが、著者らの言う通り、規制が緩和された先には、次の流行が待っていた。

 著者はその段階で政府の助言者的な立場から外れられ、政府と専門家はその後も悪戦苦闘しつつ、事態に取り組んだ。

 専門家の役割と政府の役割は異なっているから、政策決定に際し意見対立が生ずるのは避けられない。
 これを調整するのは容易でないが、どこかで妥協点を見いださなければならない。しかも速やかに。

 事態はまだ流動的だから、今後どう展開するか、まったくわからない。
 犠牲も増えている。

 本書からは、政策決定に至るねばり強いコミュニケーションがもっとも有効な対策だということが読み取れる。
 適切な感染対策を立ててく上で、政府・専門家が得たこの間の最大の教訓は、その点ではなかろうか。

(Kindle本 2020,12刊 2021,2,1 読了)