柳美里『JR上野駅公園口』

 福島県浜通り出身で、上野駅周辺でホームレスとして暮らす人の目に映し出された戦後とはどのような時代だったのかを描いた小説。

 日露戦争後に、メディアは「日本は世界の一等国になった」と喧伝したという。
 敗戦により一時、打ちひしがれていたものの、「もはや戦後ではない」と言われてあっさりその気になり、高度成長時代にインフラ建設の最前線や便利な家電製品などに目を奪われる一方で、壊れていく地域社会や暮らしの価値やかけがえのなさを強く主張する声はかき消された。

 メディアや教育により、人々は、先頭を走るものだけを見るように仕向けられた。
 一位になれなかったもの、敗北したもの、古きものは、忘却された。忘却されるだけでなく、無価値なものとして、無視された。

 無視されても、生きている人は、無ではなく、生を全うするために、懸命に生きている。
 そこにはささやかながら、喜びも幸福もなければならない。

 先頭を走っているもの、先頭に追いすがろうと走っているものが幸福とはかぎらないが、人々は彼らの人生を有価値とみなすだろう。
 されば、無視される人々の人生の価値は?

 小説は、それを何度も問う。
 答えが得られなくても、答えが支持されなくても、人生の価値に優劣はないと、小説は主張し続ける。

(2017,2 Kindle本 2021,2,9 読了)