富田武『シベリア抑留』

 シベリア抑留とはなんだったのかを、深く掘り下げた本。

 捕虜を拘束して強制労働に就かせたのは、大日本帝国とソ連だけではなく、ドイツも同じだった。
 いずれも、人権の存在しなかった国家である。
 第一次大戦時の「日本」に捕虜虐待はなかったから、大正から昭和にかけて、軍の意識にかなりの変化が起きたことがうかがわれる。

 関東軍に対する大本営の停戦命令は8月16日に出されたが、ソ連軍の構成と関東軍の自衛戦闘はその後も継続した。
 関東軍の自衛戦闘がいつまで継続したのかはよくわからないが、ソ連軍による攻撃はその後も続いた。
 ソ連軍の正式な停戦命令は8月24日なので、捕虜とはその日までにソ連軍に捕獲された人々だっただはずだが、ソ連は、武装解除後に拘束された将兵すべてを捕虜として扱った。

 これら被拘束者が国際法的に捕虜であるとはいい難く、「拉致」であるから、ソ連の見解は正当とは認められない。
 かりにこれら将兵が捕虜であるとしても、ポツダム宣言第9項は「日本軍は武装解除された後、各自の家庭に帰り平和・生産的に生活出来る機会を与えられる」としているから、ポツダム宣言違反は明らかである。

 朝枝中佐・瀬島中佐ら参謀本部と関東軍トップが、将兵の提供をソ連側に申し出た疑惑について、本書は否定的である。
 朝枝・瀬島といえば、謀略と歴史偽造のプロだから、いかにもありそうな話だが、歴史は証拠の学なので、それを事実と認めることはできないが、疑惑があることは否定できない。

 本書はまた、純然たる民間人抑留や、南サハリン・北朝鮮における抑留についても詳述している。
 一般的にはほとんど言及されないが、これらの人々も、ソ連やモンゴルへの抑留者同様、塗炭の苦しみを体験されている。

(ISBN978-4-12-102411-4 C1221 \860E 2016,12 中公新書 2020,7,28 読了)