青木冨貴子『731』

 石井四郎を始め、731部隊の指導者がどのようにして免罪されたかを、膨大なアメリカの公文書と聞き取りによって明らかにした書。

 731部隊が何をなしたのかについては、ずいぶん以前に森村誠一氏と下里正樹氏によって明らかにされ、免罪をめぐる経緯については、歴史研究者による精力的な史料発掘がなされてきた。

 本書は、それらの蓄積の上に、アメリカに残された公文書ファイルと、部隊関係者の聴取にあたった人々やその周辺、石井家について知る人々に聞き取りを行い、さらに石井四郎直筆のノートも駆使して、731部隊免罪の闇を暴いている。

 731部隊はひとつの歴史的な研究対象だが、731部隊免罪はそれにまさる大きな事件だったといえる。
 GHQの中には、日本の民主化を進めようとする人々と、ソ連との次なる戦いに向けて日本を反共国家に育てようとする人々との、激しい相克があった。
 勝者はもちろん、後者だった。
 マッカーサーは、どちらかと言えば後者の立場だった。

 731部隊の研究データやノウハウを狙っていたのはアメリカだけでなく、ソ連も同様だったが、ソ連が確保できた部隊関係者はごく少数に留まっており、日本に持ち帰られた資料と石井・内籐ら部隊幹部を確保したのはアメリカだった。

 マッカーサーにとって、731部隊資料は軍事的に極めて興味深いものだったと思われる。
 日本反共化の司令塔だった参謀第二部(G2)は、マッカーサーの意を受けて早期から石井・内籐らの免罪に向けて策動していた。
 罪を逃れるとともに、自分と研究データをなるべく高く売ろうとする石井・内籐らの思惑と、軍事技術としての細菌戦資料を欲するマッカーサーの思惑が一致したところに、この事件が存在した。

 本書は、G2の意を受けたどのようなアメリカ人・日本人がどのように動いたかを追っている。
 アメリカ側の諜報機関はもちろんだが、日本側にも有末精三や河辺虎四郎ら、アメリカの手先となった旧帝国陸軍の将官まで暗躍していた。

 「戦後日本」とは何だったのかを考えれば、その闇はまだまだ深い。

(ISBN978-4-10-133751-7 C0195 \705E 2008,2 新潮文庫 2020,7,20 読了)