山崎豊子『沈まぬ太陽』

 日本航空の闇を描いた、あまりにも有名な小説。

 マルクス主義経済学で、資本があたかも一種の生き物のように、増殖のための自己運動によって、労働者はもちろん、経営者をも蝕んでいくという言い方を読むことがある。
 「新自由主義経済」などを見ていると、確かにそうかと思わせられる。

 しかし、資本は、可視物でない。
 資本が活動する現場にいるのは、人間である。
 資本が人間を動かしているというのは、本質をついた言い方だが、目に見えるのは、資本の現場でうごめく人間たちである。

 人間たちを蠱惑する餌の一つは、ポストである。
 とあるポストは、さらにおいしいポストを手に入れる必要条件となるから、あるポストを手に入れた人間にとって、よりうま味のあるポストをめざすことが、彼の存在理由となる。

 それでは、ポストのうま味とは何か。
 自己増殖する資本の化身のような人間は、ポストを求めない傾向がある。
 ポストは必ずしも、カネに結びつかないのだ。

 大小の権力も、手に入れてみればおいしいのだろうが、登山において山頂に達したときの達成感に比較すればどれほどのものだろう。
 自分が、とるに足らぬちっぽけな存在にすぎないことをぐうの音も出ないほど思い知らされ、しかし大きな自然の一部であることに安心できる幸福を知る。

 小さなものが自分にできることを全うするのは、さほど容易でない。
 自分を自然に映してみれば、自分が何ものであるかがわかるかもしれない。
 小さな自分が、小さななりに誠実に生きる点に、人間の大きさがある。

(ISBN978-4-10-110426(-110430)-1 C0193 \667E 2001,6 新潮文庫 2017,6,27 読了)