菅原千恵子『宮沢賢治の青春』

 宮沢賢治の「ただ一人の友」だったとされる保阪嘉内との関係を、賢治の嘉内宛手紙と彼の作品から、鮮やかに描いた書。

 最終章である「第八章 『銀河鉄道の夜』は誰のために書かれたのか」を読むと、胸がいっぱいになる。

 ここが感動的なのは、賢治と嘉内の、恋愛感情にも似た友情が、読むものの心を動かすからである。

 嘉内が賢治に宛てた手紙は残っていないし、嘉内が賢治にどのような気持ちを抱いて一生を送ったのかを追究した作品はまだないように思うが、嘉内が『春と修羅』や「銀河鉄道の夜」を読んだとすれば、賢治の気持ちは十分すぎるほど伝わったはずだ。

 若者は、形而上的な世界に憧れる。
 若者はまた、社会や国家といった存在のために自分の人生を賭していくといった行為にも、憧れる。
 社会といい国家といい、実は茫漠としたカテゴリーであり、そのようなものが実存するのかさえ、不確かなのだが。

 賢治と嘉内とは、形而上的な世界において一時、強烈に共感しあったが、嘉内が農業という形而下的人生を志したところで、その共感が崩れた。
 賢治はその後も、理念の世界と現実との狭間で苦闘し続けたが、羅須地人協会を作って農村芸術運動を志したところで、再び嘉内と共通の世界に立つことになった。

 最終章を読むと、「銀河鉄道の夜」は、賢治が自分の思想的苦闘の跡を嘉内に読ませるために執筆されたのだろうことがわかってくる。
 賢治の嘉内に対する純粋で熱い友情が、二人が世を去る直前まで変わらなかったという事実が、彼らの「青春」が終生、新鮮なままだったことを物語る。

 人はみな、疾風怒濤の「青春」の時代にケリを付けて、形而下的世界に埋没した人生を送る。
 彼らはそうではなかった。
 感動的なのは、そこなのだ。

(ISBN978-4-04-342301-8 C01951 \552E 1997,11 角川文庫 2013,10,22 読了)