野中広務・辛淑玉『差別と日本人』

 「在日」の辛氏と著名な保守政治家である野中氏による、差別をめぐる対話。
 辛氏による、野中氏へのインタビューという感じでの対話である。

 差別は日本の暗部である。
 前世紀末にインターネットが普及して以降、匿名という隠れ蓑をかぶれば、どんな卑劣な発言も許されるかのような状況が現出し、それは今も続いている。
 どのような連中が、どういう意図で「在日」をはじめとするマイノリティを執拗に攻撃しているのか、証拠を持ち合わせていないが、その一部は政府筋か、その周辺ではないかと考えている。

 しかし、ネット上の至るところに顔を出す差別暴言が氾濫することにより、差別意識が常態化することが憂慮される。

 野中氏は、京都府で町議・町長・府議・副知事をつとめた後、中央政界に出て、田中派の実力者として活躍した人物である。
 何を考えているかわからない多くの自民党政治家とは、人権感覚や反戦感覚の点で別格といえ、筋の通った人物である。
 あとがきでの中で本人が言っているが、この対談は、やはりマイノリティに属する辛氏だったためか、野中氏の本音が至るところで吐露されており、人物の確かさがうかがえる。

 政治家としての野中氏の真骨頂の一つは、マイノリティの気持ちを汲むことができるということのようだ。
 野中氏は、竹下登・小渕敬三にはそういう感覚があるが、橋本龍太郎にはそれがないと述べているが、 一般国民にそのあたりは、わからない。

 差別を許さないと同時に、逆差別も許さないという感覚は、わかりやすい。
 氏と共産党は永年の仇同士だったが、反戦や反逆差別という点では、共通の土俵に立つことができた。
 このような正論が、当たり前のこととして通るようであってほしいものだ。

 なお、野中氏は、「国旗国歌法」制定を進めた張本人(官房長官)である。
 対談の中で氏は、国会答弁でも(国旗国歌を)強制しないと言ったから、強制しないんだと言っているが、実際には強制が進みつつあり、東京都では強制に従わない教師に対する懲戒処分が行われ、埼玉県でも知事が(強制に従わない教師は)「辞めるしかない」と答弁している。

 国歌斉唱時に起立しない教員がいる問題の解決についてでありますが、当然、これは式典としてやっておりますので、式典のルールに従って模範を示さなければならない教員が、模範にならないようでは、どうにもならない。
 そういう意味で、そうした、そもそも、日本の国旗が嫌いだとか、日本の国歌が嫌いだというような、そういう教員は辞めるしかないんじゃないですか、普通は。
 教育委員会がそれは決めることですが、そんなに嫌だったら辞めたらいいんじゃないのと私は思っています。(埼玉県教育委員会サイト)

 この法律が果たした役割について、野中氏が後年再び、ほぞをかむようなことがないようにしたいものだ。

(ISBN978-4-04-710193-7 C0295 P724E 1993,12 角川ONEテーマ21 2009,8,12 読了)