及川和男『村長ありき』

 旧沢内村(現西和賀町)の深沢元村長の評伝。
 深沢氏の人となりについては、『沢内村奮戦記』にも紹介されているが、伝記的にその生涯を追った本は、本書だけである。


 小自治体のすぐれたリーダーの著書や評伝を読んでみると、彼らに共通した資質がうかがえる。

 第一に、それは確たるポリシーである。
 自治とは何かとか、国や自治体の責務とは何かなどについて、確たる信念を持ち、本質的なところでは、それを決して譲らない。

 本書にも、「税金を基準以上に高くすることは違法であっても、自治体の事情によって住民のために安くすることのどこが悪いんだ。これは自治体の自由でしょう」という深沢氏の言葉が記されている。
 自治体は、住民すべてに奉仕するものだという、氏のポリシーは明確だ。

 第二に、組織力・スタッフ育成能力である。
 新潟県旧黒川村の伊藤孝二郎村長のように、職員研修によってすぐれた役場職員を育成するシステムを確立するタイプもあれば、深沢村長や長野県栄村の高橋彦芳村長のように、役場職員や関係のスタッフをすぐれた行政担当者に育て上げるタイプもあるが、いずれの場合も、村内の派閥次元での行動を排し、基本ポリシーの実現に向けた、強力な体制を作っていく。

 自分の周りを見てもそうなのだが、小自治体の場合、為政者や住民代表者の多くが、政策ではなく「群」の論理で動いている。
 「群」の論理は、説明可能な普遍性を持っていないから、要するにデタラメなのであり、住民もまた、自治とはそのようなものだと信じ込んでしまう。

 深沢氏は、教育や医療に差別があってはならないという普遍的な論理を掲げて村政に携わっているから、とてもわかりやすいし、その論理自体を否定する人はいないだろう。

 ところで現在、国政レベルでは、教育や医療に差別があっても当然という恥ずべき発想がまかり通りつつある。
 国政担当者が今や、「群」の論理で動いているのだから、あきれる他はない。

 人間が生きるということの基本に立ち返り、生きることが可能な国や自治体を作るために、為政者はわかりやすい言葉で語ってほしいものである。

(ISBN4-10-104621-2 C0123 \320E 1987,9 新潮文庫 2009,2,15 読了)