中村智幸『イワナをもっと増やしたい』

 釣り人の一人としてイワナの保護にかかわるようになって10年ほどになる。
 この間、秩父在来イワナの概略についての論文を1本書き、秩父在来イワナの概略についてのビデオを1本作った。


 そして、荒川水系渓流保存会の皆さんと一緒に、秩父在来イワナについての啓蒙書『秩父イワナ』を書いた。

 また、荒川水系の本支流でイワナが生息する全ての渓流を釣査し、形態的特徴を撮影すると共に、遺伝子解析の資料にするためアブラビレの一部を採取するなどのこともやってきた。

 なぜ在来イワナを保護しなければならないのかという点については、こちらを参照されたい。

 イワナについては、漁業権対象魚種であるため、漁業協同組合に権利が認められている。
 この場合、放流魚だけでなく、奥地に生息し続けているまったくの天然魚を含めて、漁協の権利が及んでいるから、在来イワナ保護の成否については、漁協の姿勢が決定的である。
 残念ながら現在(2008年3月)の時点で秩父漁協に、在来イワナを保護しようという姿勢も、具体策も皆無といわざるを得ない。

 一方、まだ十分明らかになっていないイワナの生態は、研究成果が着実にあらわれているようだ。
 本書は最新のイワナ学概説書である。

 一つは渓流におけるイワナは定着性が強いということ。
 源流域にはイワナが遡行不可能な滝が多いから、イワナが大きく移動するとは、もともと考えにくい。
 いかにもイワナにとって棲み心地のよさそうな淵などでは釣獲圧も高く、すぐに釣りきられてしまいそうだが、増水後などに落ち込みなどから新しいイワナが小移動してくるようだ。
 これがアメマスや疑似降海するニッコウイワナなどだとどうなるのだろう。

 そのこととも深く関係するが、イワナの遺伝子情報は、水系ごとだけでなく支流ごとに異なっているということが明らかになっている。
 これは極めて重要な点である。

 漁業権承認に伴い漁協には対象魚種の増殖が義務づけられている。
 漁協が行っている増殖とは、一般的には放流を意味する。
 多くの漁協が放流してきたのは、管轄水域の在来種ではなく、出所不明の養殖イワナだった。

 イワナの遺伝子解析が行われていなかった時代には、それもやむを得なかった。
 しかし、もうそんな時代ではない。

 在来イワナの保護については、議論が十分に成熟したとはいえない。
 なぜ在来種を守るべきなのかについて、明確な理論づけはなされていない。
 生態系におけるグローバリズムに抵抗する釣り人の本能が、在来種保護を促しているのが現状である。
 いずれにしても、釣り人も研究者もまじめな漁協も、在来種の保護に向かいつつある。

 そんな中で、一部の漁業協同組合が在来イワナ保護に背を向けていくようなら、その存在意義を失うだけでなく、種の多様性や生態系といった環境要素の攪乱に手を貸すものとして指弾され、その存在を否定されて行くべきだろう。

(ISBN978-4-939003-27-1 C0095 \1143E 2007,12 フライの雑誌社 2008,3,17 読了)