木村英造『淀川のシンボルフィッシュ イタセンパラ』

 淀川流域のイタセンパラ保護活動を行ってこられた木村氏による、イタセンパラ絶滅に至る経過報告であり、読んでいて胸が痛くなる本だった。

 木村氏とイタセンパラの関係については、上野敏彦『淡水魚にかける夢』を参照されたい。
 同書によってイタセンパラは、危機的ながら細々と生き延びているのだと思っていた。

 淀川のイタセンパラが絶滅したという話は、2006年夏に新聞記事によって知った。

 イタセンパラ:天然記念物、淀川で絶滅? 「水位操作が影響」有識者会議が批判

 ◇国交省の昨春行事

 環境省の絶滅危惧(きぐ)種に指定されている国の天然記念物「イタセンパラ」が淀川で今年1匹も確認されていないことについて、国土交通省近畿地方整備局の外部有識者会議が「繁殖を後押しする水位低下の操作を昨年中止したことが影響している可能性もある」と指摘していたことが分かった。操作中止は、皇太子さまを招いた同省主催の行事があったため。同整備局は「原因は不明」としているが、国内唯一の生息地とされる淀川で絶滅する恐れもあり、専門家から批判の声が上がっている。

 ◇わんどで外来魚急増

 行事は、昨年4月23日に淀川河畔の大阪府枚方、高槻両市で行われた「第16回全国『みどりの愛護』のつどい」。緑化に功績のあった民間団体表彰が主な目的で、年1回各地で開かれている。

 大阪での開催にあたり、同整備局淀川河川事務所河川環境課は「せっかく(皇太子さまに)来てもらうのだから」と、会場間を結ぶのに、淀川を船で渡るプランを採用した。ところが、航路の一部で水深が浅いため、水位を下げないよう、下流の淀川大堰(おおぜき)の放流量を少なくした。

 淀川河川敷の「わんど」に生息するイタセンパラには、稚魚が泳ぎ始める春先に水位が低くなることが好ましい。天敵のブラックバスがわんどに入りにくいからだ。このため、同整備局は00年から、4、5月ごろに淀川大堰の放流量を多くして、水位を下げる操作を行ってきた。

 その結果、個体数は01年に過去最高の7839匹を記録。それ以降も2000匹以上を維持していた。しかし水位低下の操作を中止した05年は506匹に激減。今年はゼロになった。一方、一部のわんどでは、ブラックバスやブルーギルの増加が確認されている。

 同整備局の有識者会議「淀川水系流域委員会」(委員長、今本博健・京都大名誉教授)は先月、05年度事業に対する意見書で「(水位を下げる)操作を実施しなかった05年度は、ブラックバスなどの外来魚が急増し、イタセンパラをはじめとする在来種に多大な影響を与えた可能性がある」と指摘。委員の一人、村上興正・同志社大嘱託講師は「国交省も水位操作の効果を認めて続けると言っていたのに。生き物は、少しのきっかけで突然いなくなることがある」と批判する。

 今年は水位を下げる操作を実施した。淀川河川事務所河川環境課は「水位操作をしなかったのは、『つどい』があったから。しかし、それが影響したのかどうかは分からない。水質などを調査して、原因を明らかにしたい」と話している。

毎日新聞 2006年8月17日 大阪夕刊

 こうなるまでには、木村氏らによる数々の提案・提言があったのだが、当局(国土交通省)は結局、それらの提言を活かす措置をとらなかった。

 上の記事は、「水質などを調査して、原因を明らかにしたい」という国交省のコメントを報じているが、イタセンパラ絶滅の真の原因は今なお発表されていないだろうし、それが明らかにされたところで、淀川中・下流のイタセンパラが復活するわけではない。

 不幸中の幸いは、イタセンパラが種として絶滅したわけではない(それとて風前の灯火らしいが)という点くらいだろう。
 木村氏らの無念さは想像してあまりある。

 国交省の役人は、イタセンパラが絶滅するということの意味をどのように考えているのだろうか。
 淀川は希有の湖である琵琶湖を主たる水源とし、本支流及び周囲の氾濫原で多様な魚類・鳥類その他をはぐくんできた。

 流域の子どもたちは、淀川の自然と共に育ち、淀川の自然と親しみながら自己を形成してきた。
 自然を破壊することは、その人のアイデンティティを否定することである。
 秩父の民にとって秩父在来イワナの持つ意味とは、アイデンティティの魚ということにほかならない。(詳細についてはこちら参照)

 環境問題に対する(特に)国土交通省の官僚の方々の感覚は、もはや絶望的と思わざるを得ない。

 運動とは、当局者や利害関係者とあくまでねばり強く、ときには清濁併せ呑むような妥協もしつつ進めるしかないものだということくらい、わかっている。

 それでもなお、木村氏が「イタセンパラの絶滅は、淀川の河川管理者とその助言機関の責任である」「私は長年の経験から愚直なはげしい批判が必要なことを知っている」を言わざるを得なかった点に、胸を痛めずにいられない。

 秩父イワナに関しては自分も、頭の柔軟さを失わぬよう心がけつつ、愚直に筋論を唱え続けていこうと、心に決めた。

(ISBN978-4-9903640-0-7 C0045 \900E 2007,9 爪跡出版 2008,1,5 読了)