小田淳『カーンバック・サーモン』

 サケの生態についての研究ノートとサケ放流の1980年ごろの現状、およびサケ放流をテーマにした小説からなる本。
 サケの生態については、コンパクトにまとまっていてわかりやすい。

 気になったのは、サケは元来淡水魚であって、のちに降海するようになったと書いてある点。
 サケ科魚類がもともと淡水魚だったのか海水魚だったのかについて、定説はないように思う。
 しかし、イワナやヤマメの卵が淡水の中では生存できないことを考えると、サケの仲間は海水中で生まれたのではないかと思っている。

 世界と日本のサケ放流の歴史についてもよくまとまっている。
 サケが遡上する川の環境悪化に対し、「自然を愛する人間」として発される著者の愁いはほんものである。
 だが、この著者にして魚の生息ということを考えるのに、生態系という視点が全くみられない。
 それが、この本が書かれた20年ほど前の現状だというほかはない。

 主として北半球北部に生息していたサケ属の魚が南半球に放流された動機は、「現代人が喪失したロマン」などではなく、食用魚の増殖という観点からだっただろう。
 サケの生息していない本州南岸の河川へのサケ放流は、食用を目的としたものでもなく、万一サケが定着した場合その川の生態系がどうなるのかについて、なんの顧慮も払われた形跡がない。

 木村英造氏は最も尊敬する人物の一人だが、氏のヒマラヤへのアマゴ放流には同意できない。

 サケの生態そのものはたしかに、謎とロマンに満ちている。
 だがこの魚の自然遡上は、利根川(江戸以前は那珂川か)を南限としていたはずである。
 自然遡上のあった川にサケが跳ねるのは、たしかに感動的なシーンであるが、いかにサケとて、生息すべきでない川にそれがいるという不自然さには違和感を感じなければならない。

 本書の書かれた時代は、そのような視点のまだ希薄な時代だったと考え、これからは問題をはっきりさせるべきだろう。

(1983,2 世界書院 刊 1800円 2007,4,7 読了)