柴田尚『森のきのこたち』

 富士山・八ヶ岳・金峰山など亜高山帯の針葉樹林におけるきのこの生態について解説しています。
 ですます体で書かれているので、一見やさしい本かと思いますが、内容的にはかなり専門的なデータ分析がほとんどです。

 きのこの生態研究が何のために行われているのか、素人のわたしにはわかりません。
 きのこの増殖とか森林経営など以外に、このような基礎的な研究が役に立つとは思えないから。
 日本では、ビジネスに直結しないような研究に政府の補助やスポンサーはつかないでしょう。
 だから、この国のきのこ研究は民間学として育っていかざるを得ないでしょう。
 著者は公的機関に所属されている研究者です。

 関東周辺の亜高山帯きのこを特徴づける条件は、有機物や栄養分に乏しい土壌、年間を通した低温、適度な降水量、そしてコメツガ・シラビソ・カラマツを中心とする森林植生でしょう。

 本書には、そうしたファクターによりきのこ相がどのように規定されておており、どのような課題があるかを概観しています。
 おさらいすれば、

一、火山灰土やポドソルのような養分に乏しい酸性土で樹木が生育するためには、菌根菌の働きが不可欠なため、菌根菌が生息しやすい環境である。
二、低山とくらべて地温が低いため、菌糸の伸びは遅い。従って子実体の発生は毎年というわけではない。
三、降水量が多すぎても少なすぎても、子実体は発生しにくくなる。
四、攪乱跡地に自生するカラマツ林からシラビソ林を経てコメツガ林に至る遷移の過程で菌種も変化する。カラマツ菌根菌がそのまま居着いてシラビソと菌根を作ることもある。

などが主要な論点でした。

 四点目の研究によって、シラビソ林にどうしてウツロベニハナイグチが発生するのかという、2004年夏に覚えた疑問を解決することができました。

 ひたすら食べられるきのこを探して歩き回っているだけですが、見かけたきのこで同定できるものだけは、とりあえず記録するようにしています。
 こんな作業だけでも、なにかの役に立つかも知れません。

 亜高山帯の針葉樹林は、ブナなど山地帯の広葉樹林に比べれば生物的な多様性に欠けるし、きのこの種類も限られますが、銀緑色に輝く一面の苔や登山道の泥濘、針葉樹の甘い香りなど、疲れた精神を癒す空気に満ちた空間です。

 樹木ときのこが作り出したこの空間で、人間は客体としてもっともっと控えめであるべきだろうと思います。

(ISBN4-89694-875-0 C0045 \2000E 2006,8 八坂書房刊 2006,9,25 読了)