日本水産学会水産増殖懇話会編『遊漁問題を問う』

 2002年に行われたシンポジウムの記録。
 タイトルからは、現在の遊漁に関わる諸問題の本質と対策について、きびしい議論が行われたかのような印象がありますが、一読した限りでは、まことに低調なシンポジウムであったといわざるを得ません。

 中禅寺湖・手賀沼・芦ノ湖・霞ヶ浦各漁協からのレポートは、環境汚染による「漁業資源」の荒廃に加えて、バブル崩壊後の遊漁客の減少という苦境の中で、いかにして集客をはかるかという問題が中心。

 琵琶湖からのレポートがあれば、現代遊漁の核心の一つである外来魚問題について議論の火花が飛んだものでしょうが、本書所載の各レポートには外来魚問題への本質的な提起はまったくなされず、それどころか、釣り具業界(マルキュー)からのレポートには、ゾーニングを前提にしてではあるものの、ブラックバスに代わる新たな外来魚の積極的な導入が提案されている始末。

 渓流魚の放流については、クリアしなければならないたくさんの問題が存在するにもかかわらず、「日本渓流釣連盟会長」の佐々木一男氏の「遊漁者による魚類の自主放流の実状」というレポートが1本のみ。

 同氏は、つり人社から出ている釣り場ガイド・『つり人渓流フィールド 秩父』の著者ですが、同書の中で秩父の渓流への発眼卵放流の必要性を、何度も説いています。

 そういえば、秩父の源流域で他水系産イワナが密放流されるようになったのは、この釣り場ガイドが出版された数年後のことでした。

 何度も言いますが、渓流に渓魚を放流する行為がどういう行為であるのか、いくら熟慮を重ねても解決困難な問題点が山積しています。

 さしあたって、わたしと仲間たちが直面しているのは、渓魚を人工的に飼育・増殖することによって、その遺伝子情報が傷つくかどうかという問題や、支流ごとの渓魚の遺伝子情報の相違がどれほどの意味を持っているのかというような問題なのですが、佐々木氏は、(放流の是非について)「山の清冽な流れにヤマメという魚をいっぱい遊泳させたいし、哲学的という渓流釣りにさらにも深く沈溺したいから、理屈や批判に聞く耳を持たない」という暴言を記しておられます。

 魚をたくさん泳がせてたくさん釣りたいという動機だけであれば、密放流のノウハウ本だと言われても仕方のないところです。

 もっとも共感するところの多かった「内水面における遊漁の諸問題」と題する丸山隆氏のレポートは、日本の渓流釣り人のレベルの低さを指摘しています。

 ニフティの釣りフォーラムが終了したのはたいへん残念ですが、それだけに、もの思う釣り人の交流の場の再構築が望まれます。

(ISBN4-7699-1011-8 C1062 \2500E 2005,3 刊 恒星社厚生閣 2006,3,15 読了)