信州大学自然災害・環境保全研究会編『治水とダム』

 信州大学で開かれたシンポジウムでの、講演記録集です。
 田中知事が、いわゆるダム建設以外の方法による治水対策の検討を打ち出したことは、たいへん画期的なことと思っています。


 それは、利権誘導型の地方の経済構造を、まともなものに変えていくきっかけになるかもしれないだけでなく、流域住民自身が、治水について自分で考えなければならなくなったことでもあるからです。

 わたしなどは、まったく畑違いの勉強をしてきた者ですが、この本には、「こうした災害列島に住む日本人にとって、地学は国民教養といっていい」とまで書かれているのを見ると、たいへん新鮮な知的ショックを覚えるのです。

 これは、専門家による学術講演を集めた本ですが、それほどむずかしくはないので、わたしでも十分理解が可能です。
 わたし自身、荒川のことについて、知っているわけではありませんが、この程度の知識は、流域に暮らす住民にとって、基本的であっていいと、わたしも思いました。

 この本の中で指摘されている中で、勉強になったことがいくつかあります。

 まず、治水計画策定の根拠となっている降雨量・高水量などの計算方法が適切でないと、適切な治水計画が立てられないということ。
 これらは、過去のデータに基づき、各種の係数を掛けて計算されているのですが、国土交通省の試算方法は、必ずしも適切な係数が採用されていないのです。

 これは、埼玉県荒川水系の大洞新ダム計画を見て感じたことを裏づける指摘です。
 大洞新ダムを含む荒川水系の総合治水計画は、秩父地方すべてをダムに沈めるくらいの(計算上の)計画となっています。
 もちろんそれは実現不可能なのですが、それ以前に、このような計画自体そもそも無意味なのではないかという疑いが、非常に濃厚です。

 それから、ダムほどの大規模構造物を建設する場合には、十分な地質的調査が必要なことはいうまでもありませんが、各地で作られているダムにおいて、それだけの調査がなされているのかどうか、また、調査結果が適切に検討されているかどうかという問題。

 この本にこういう指摘があります。

 盆地などのような人間にとって生活しやすい平地ができているところは、地質的に見ると多くの場合そこを境にして、一方が隆起し、もう一方が沈降するというような形で地質構造が大きく変わるところなのです。・・・しかし地質的にいうと往々にしてそういう所は、活断層が集中しているわけです。
 つい先年完成したばかりの、荒川水系・浦山ダムは、まさに、険しい山岳地帯から盆地への出口部分に作られています。  同ダムの堰体部分は、秩父古生層・チャートの上に構築されているとのことですが、周縁には、若御子断層(県指定天然記念物)が走っており、ダムが立地する上で、どれだけ適切であったのか、たいへん疑問です。

 もちろん、計画段階でこの問題も検討されたはずですが、国土交通省の資料には、予想される洪水の規模が大きめに想定されるわりに、地質的な不安要素は、不当に軽視される傾向が、ほの見えるのです。

 それから、治水に対する基本的な考え方。

 このことは、ダム関連の本には必ず指摘されていることですが、日本人は、日本列島という特徴ある国土に暮らしてきましたので、日本特有の洪水とうまくつきあう上での知恵や技術を、たくさん持っていました。
 それが明治以降、ヨーロッパ式の治水技術と発想を導入したために、在来の治水技術の良さが忘れられてきました。

 日本の国土に見合った治水とはどのようなものなのか。
 コンクリートによる治水がまったく不要というわけではないし、地域・国土づくりにも関わる大きな問題なので、簡単に結論を出すわけにはいかないと思いますが、基本は、人命第一という発想でしょう。

 わたしは、水源や遊水池整備といった在来型の治水を基本とし、避難を中心とする防災体制を整備することが、今もっとも必要なのではないかと思っています。

(ISBN4-906529-25-9 C0040 \1300E 2001,6刊 川辺書林 2002,12,27 読了)