幼なじみから、ヤマモモの果実酒を、いただいた。
子どものころに遊びほうけた原っぱや、田んぼのあぜ道は、広い道路や住宅街に変貌しているという。
無理もない話ではあるが、子どもたちはいったい、どこでどうやって、遊んでいるのだろう。
畑のまわりでは、各種の蝶が舞い、草むらにはひどくたくさんの種類の甲虫やバッタがいた。
用水路には、メダカやタモロコの魚影が走り回り、そこで見かける水生昆虫の種類も、軽く十指に余った。
田んぼや畑が、ミュージアムだった。
その後、ミュージアムは舗装されて、広い道路になった。
そこに、街路樹として、ヤマモモが植えられたそうな。
40代半ばを迎えた昆虫少年は、異境でヤマモモ酒をなめながら、回想に浸る。
豊穣だった用水路は、もう決して復活しないだろう。
それは、社会の進歩といえるのだろうか。
木や竹を使い、手わざで作られていた道具が、プラスチック製品に変わった程度では、単に社会の底が浅くなっただけのように、思えてしまう。
ふくよかに熟成して、酸味とヤマモモの香りがよく溶けこんだ酒は、たいへん優しかった。
リキュールをなめながら、かつての昆虫少年は、次の遊びのことを考えていた。
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