クマイチゴ酒

 初夏の渓流の楽しみは、元気よく毛鉤を追う渓魚、小鳥のさえずりなど数多いが、キイチゴの実も、その一つだろう。

 渓流のキイチゴは、黄色いモミジイチゴと赤いクマイチゴ。
 どちらも、水辺というより、林道ののり面に群生する傾向が強いが、モミジイチゴの方がより荒れたところを好むように思う。
 クマイチゴは、水辺でも、比較的よく見られる。

 いずれも、さわると痛い棘があって摘みにくいが、とてもおいしいから、手を伸ばさずにはいられない。
 摘むといっても、小さいものなので、たくさんとれるわけではない。

 その場でむしゃむしゃ食べるのが、一番うまいが、少しは持って帰りたい気もする。
 どうせサカナの入らないビクが、いちごの籠に変身する。

 摘んで帰ったクマイチゴは、ヨーグルトにのせて食べてもいいし、ジャムにしてもいい。
 もちろん、リキュールにするのも、楽しい。

 ホワイトリカーにしばらく漬けておき、エキスが出たころあいを見はからって、いちごを引き上げて熟成させるのは、ドドメと同じ。
 水分の多い果実の場合は、あまり長く漬けておくと、酸化しておいしくなくなる。

 一年経ったクマイチゴの酒は、透き通ったピンクの酒に仕上がった。
 この系統は、いったん鮮やかな赤になったのち、熟成が進むうちに、褐色になってしまいがちなのだが、赤い色が残ってくれて、うれしい。

 そして、キイチゴの甘さと酸っぱさと、初夏の渓流の気持ちよさを酒に凝縮したようなさわやかな香りをもつ、すばらしい酒になってくれた。

 グラス一杯で、瀬音がよみがえる。
 うれしい酒だ。