秩父は山国です。
転んだら谷底まで落ちてしまいそうな急斜面に、見上げるほどに高い石垣を組んで、集落が作られています。
江戸時代に、この地の先人たちは、この斜面に桑を植え、カイコを飼って糸をとり、絹に織りだすことを始めました。
秩父の女たちの手で織られた絹は、秩父妙見宮の冬の大祭に合わせて立った絹の大市で、絹商人に引き取られていきました。
この代金でようやく、年貢を納めることができたのです。
絹市をより大規模にするためには、多くの商人を引きつけなければなりません。
本来、妙見宮の祭礼に付随していた付け祭りは、しだいに華美になり、贅を尽くした屋台や笠鉾が引き回され、芝居が演じられたりするようになりました。
秩父夜祭りは、山国に生きる人々の生活そのものです。
屋台で叩かれる太鼓の響きには、斜面に生きる人々の喜びや悲しみや誇り、祈りがこめられているのです。
ほんとうなら、畑の桑に、実は生らないはずです。
ちょうど今が、養蚕の最盛期。
蚕室では、夜となく昼となく、カイコが桑を食むごしゃごしゃという音が聞こえ、人々は桑を切り、カイコに与えるのに、寝る暇もないはずです。
片端から切るので、実の生るいとまがないのです。
しかしもう、養蚕農家はほとんど存在しません。
養蚕では生活していけないので、みんなやめてしまったからです。
目に入るのは、かつて桑畑だった荒れ地に、伸び放題の桑の木。
荒れ地に自生していたのも、かつてだれかが植えた桑だったかもしれません。
桑は雌雄異株なので、雌木にしかドドメ(桑の実)は生りません。
鈴なりのドドメを見ると、うれしいけれど、悲しくなります。
山の緑も、めっきり濃くなりました。
黒く熟したドドメをホワイトリカーに漬けこみ、エキスが出たと思われた時点で、素材を引き上げ、一年待ちました。
こちらは、山グワとちがって、濃いルビー色のすばらしい酒に仕上がりました。
甘みがとても強く、酸味がやや押されています。
ドドメの香りが鼻に拡がります。
美しい旨酒をなめながらも、繰り言は尽きません。 |