オオウラジロノキ酒

オオウラジロノキ酒

 日本の山に自生するナシの仲間には、ヤマナシ、アオナシ、そしてこのオオウラジロノキ(オオズミ)などがある。
 ヤマナシは清里から小海あたりにかけてたくさん見られるのだが、これはたぶん植栽されているのだろう。高原野菜畑のまわりにヤマナシを植える意味について、ご存じの方がいれば教えていただきたい。

 オオウラジロノキは、実になっていないと私には判別できないだろう。若い実は青くて、そばかすのような模様がたくさんついているので、あまりおいしそうには見えないが、熟すと下半分がコリンゴみたいに赤くなる。
 かじってみると、しぶくて酸っぱくてとても食えたものではないが、クマやサルにとってはごちそうのはずだから、乱獲はひかえたい。

 さっき開けたのは、1993年に秩父・中津川に釣行したとき、見つけたオオウラジロノキのリキュールである。

 しぶくて酸っぱいということは、理想的な果実酒になるだいじな条件である。カリン酒やボケ酒などは果実酒の絶品であるが、これらの木の実そのものは渋みと酸味で、煮ても焼いても食えない味である。
 オオウラジロノキはこの条件を十分に満たしている。

 できあがったリキュールの色は明るい琥珀色である。果実酒の色は長期保存することによってしだいに退色するのが普通である。
 また機会があれば報告しようと思うが、コケモモやクロマメノキなどは半年の漬け込みによってすばらしい色に結晶する。これらの酒は色を楽しむべき酒である。

 普通、漬けた実は酸化を防ぐためにある程度たった時点で引き上げ、しばらく熟成させることによって味わいが深くなるものだが、以前にも述べたように、色を楽しむべき酒は熟成するまえに、酒の色で山行の思い出を楽しむほうがよい。
 オオウラジロノキなどは色を楽しむ酒にはならないので、一定程度の熟成があったほうがよい。

 笹野好太郎『趣味の酒つくり ドブロクをつくろう実際編』(農文協)は、果実酒について、「焼酎漬け、ウィスキー漬け、ブランデー漬けの果実酒なんて、酒の中に果実と砂糖をほうり込むだけで出来てしまう。焼酎や洋酒のお先棒かつぎのようなもので、馬鹿でもチョンでも出来るものだ」とクソミソにけなしているが、山歩きをするものにとってリキュールグラス一杯の果実酒は、在りし日の山行のつれづれを想い、つぎなる山行への想いを育ててくれる、ほかに代えがたい価値のある酒なのである。
 *「チョン」ということばは「朝鮮人」をあらわす差別語です。全自動カメラのことは「コンパクトカメラ」といいましょう。

 オオウラジロノキの酒を清水大典『果実酒・薬酒』は「フランスの銘酒として知名度の高いリキュール、ノイプラットをしのぐ絶品に結晶する」と絶賛している。
 私はノイブラットを知らないが、オオウラジロノキ酒の味はすばらしい。
 果実酒の中でもトップクラスの酒であることはまちがいあるまい。

 この実は、1993年の渓流釣りの納竿の日、ヤマメを一匹釣って木の実を見つけ、ザイルで投げ縄をつくって枝を引っ張って摘んだのだった。
 そばにはオニグルミの木もあって、落果したのを拾っていって半年庭に埋め、翌年ナットロッカーで割って食べたのもすばらしい味だった。