川上未映子『あこがれ』

 小学校6年生の男女の心の交流を美しく描いた小説。

 人間は他者との関係の中でしか生きられない存在だが、他者との関係を作っていく上でどうしても欠かせないのが、共感する力だろう。
 一人で生きることなどできないのに「自己責任」と言い、他者を嘲笑し叩く言説が飛び交う今の時代は、人と人とが切り離され、共感力が枯渇した時代である。

 著者は『ヘヴン』で、壮絶ないじめという深刻な問題を抱える中学生の男女を描いたが、作品としては破綻的な結末と見えた。
 本作品の二人が直面した問題は、決して軽くはないが、『ヘヴン』ほど重くはない。

 父親と二人で暮らす、ヘガティーというあだ名の少女の家族に関する悩み・苦しみに、麦彦少年が、わがことのように寄り添い、一緒に悩み考える。
 母と二人暮らしの麦彦にも、家族をめぐる悩みは大きいのだが、彼は、ヘガティーに寄り添う。
 それは友人として当たり前のことなのだが、今の大人のどれだけが、麦彦のようになれるだろうか。

 ヘガティーは辛さのあまり麦彦に当たるのだが、すぐにそれが間違いだと気づいて謝る。
 麦彦はごく自然に「僕はぜんぜん平気だよ」と言い、ヘガティーに「肩くもう」と言う。
 このあたりの描写がとても美しい。

 人と人との間とは、このようにピュアなんだと感じさせてくれるところで、暖かな読後感が残る。

(ISBN978-4-10-138863-2 C0193 \520E 新潮文庫 2019,9,27 読了)