川上未映子『すべて真夜中の恋人たち』

 この作品の文章は、とても美しい。

 それだけで、読む価値があると思う。

 『ヘヴン』は、自分的には結末が破綻しているように思えたから、この作品もそうなるかと不安に思いながら読んでいったが、小説のリアルが瓦解することなく、静かにエンディングしたのは、幸いだった。

 主人公冬子と三束さんの淡い関係が、読んでて安心できる。
 冬子は、校閲の仕事を実直かつ心込めてこなしている女性である。
 男性関係もほとんどなく、そのような自分に違和感なく、周囲に自己を誇示することもなく、日々を誠実に生きている。

 仕事上の友人である石川聖が、冬子を「信頼できる人」と評しているが、冬子はそんな女性として造形されている。
 作家がそのような人物を造形しているところに、とても共感する。

 三束さんがどのような性格の人物なのか、作品からはほとんどわからない。
 主人公は冬子なのだから、そのほうがいいのだと思う。
 三束さんは優しく、過大にも過小にも扱わず、等身大の冬子を受け入れてくれる。
 こう言ってはなんだが、三束さんはただそれだけの人として描かれる。

 冬子の中で三束さんへの慕情が次第に大きくなり、制御が難しくなっていく。
 恋情とはそのようなものだから、なぜそうなるのかなどに意味はない。

 そんなとき、冬子が湧き上がる恋情とどう向き合おうとするかというところで、ていねいで美しい描写が展開する。
 ああ、恋情とは本来このようなものなのだな、と思いながら、暖かく行き届いた文章で心を洗う。

 暴力は好きでない。
 憎悪や罵言も好きでない。
 恋が終わるとき、破壊音がないほうがいい。

 大きな破綻もないのに、二人の淡い恋愛はいつの間にか終わる。
 冬子はもちろん、三束さんも涙しているだろうが、恋のそんな終わり方だったら、誰も傷つかない。
 恋の終わり方は、そんなのがよい。

(ISBN978-4-06-277940-1 C0193 \640E 講談社文庫 2019,8,29 読了)