吉村昭『ニコライ遭難』

 大津事件の顛末についての小説。ほぼノンフィクションに近い。

 明治政府にとって青天の霹靂だったニコライ傷害事件は、政府首脳に大きな衝撃を与えた。
 明治政府の指導者たちは、国家の存亡という問題を、現実感を持って感じていたと思われる。

 言い訳できない不祥事を起こした「日本」にとって、ロシア政府がいかなる要求を出してくるかは、国家の存亡に関わる大問題だった。
 ニコライが重態でなかったのは幸運として、問題はロシア政府(皇帝アレクサンドル)の意向であり、戦争や領土要求だけは、なんとしても避けたかった。

 政府高官が大審院判事たちに圧力をかけたのは、当然だった。
 判事たちは圧力に屈せず、法に従った判決が出されたが、ロシア側はそれに激昂することなく決着し、結果的には「司法権の独立」を守った栄光ある判決と評価されるに至った。

 戦後になり、司法権の独立はほぼ形骸化したように見える。
 著者がそのことを意識して書いたかは不明だ。

(ISBN4-10-111737-3 C0193 P560E 新潮文庫 2019,7,8 読了)