村井章介『中世倭人伝』

 14世紀から16世紀にかけて、環東・南シナ海で縦横に活動した人々に関する考察。

 そこにはいわゆる「日本」人、朝鮮人、中国人が含まれる。

 これらの人々の一つの顔は、倭寇だった。
 倭寇の実態が必ずしも「日本」人とは限らないことは、歴史の教科書にも記載されている。

 教科書の記載が一面的だと思われるのは、彼ら倭寇が犯罪集団であるように記述している点である。
 海上の一定域を支配し、積荷あるいは金銭を奪う海賊行為は現代人的発想からすれば犯罪だが、国家が民衆から税を収奪するのは犯罪でないのかと反問されたらどうなのか。

 国家は税と引き換えに安定した秩序を保障するのに、海賊は秩序を乱すではないかと言いそうだが、海賊は、海上の安全航行と引き換えに何がしかの金品を受け取る行為だとすれば、国家と、何も変わらない。

 海賊でない商人も多く活動した。
 商行為もまた、各方面に大きな利益を生む。
 銀を多く産する日本列島と布類を産する朝鮮半島との間の貿易は、朝鮮政府が統制をかければ密貿易が増え、人とものの流れを止めることはできなかった。

 ここには詳述されていないが、琉球は、東アジア・東南アジア一帯の流通センター的な役割を果たすことによって繁栄していた。

 人が作った境界を自在に行き来して暮らした人々にとって、国家・国籍はあまり意味をなさない。
 彼らにとって、母語が何語であるかさえも無意味だっただろう。

 国家とは別の世界に生きた人々がいたという事実をおさえておきたい。

(ISBN4-00-430274-9 C0221 P580E 1993,3 岩波新書 2018,9,1 読了)