松本清張『昭和史発掘13』

 二・二六事件の判決と北一輝・真崎甚三郎の裁判について描いている。シリーズの最終巻。

 決起将校と民間人(北一輝・西田税)を裁いた軍法会議は、陸軍上層部により結論が予定されており(明確な証拠はない)、ほとんどが銃殺刑に処せられた。
 将校らにとって自分たちの主張が公の場に出されることなく、単なる叛逆者という汚名を着せられるのは耐え難いことだったと思われる。

 一方で決起将校の顧問的存在だった真崎甚三郎は、言を左右にし、また虚偽を陳述して無罪となった。
 真崎はクーデター成功のあかつきには、臨時政府の首相の座を狙っていたと著者は述べている。
 しかし教育総監を務めたもと陸軍トップが前代未聞の不祥事に関わっていたとなれば、陸軍の威信は地に落ちる。
 彼以外にもたくさん存在した、脛に傷持つ陸軍将官らによる政治判断だったと言われても仕方がないだろう。

 決起将校らに事件全体をじっくり振り返る時間的余裕はなかったのだが、事件を最も中心的に指導した磯部浅一元陸軍一等主計の残した手記には、その無念さがにじみ出る。
 磯部元一等主計は、腐敗した「日本」の現実を嘆き怒り、昭和天皇をまで罵倒している。
 彼らの「情念」やら「誠」やらでなく、昭和10年代前半という時代のなかで、彼らが何を実現しようとして決起したのかを考える必要があろう。

(1979,1 文春文庫 2017,12,8 読了)