松本清張『昭和史発掘1』

 ハードカバー本を読んだのは高校生の時だったから、40数年ぶりに読み返していることになる。

 この巻のメインテーマは、「陸軍機密費問題」である。
 これは、田中義一が政友会総裁として招聘される際に持参した300万円が、「シベリア出兵」の際に陸軍が秘匿していた裏ガネだったことが漏れたが、政友会周辺(「院外団」を含む)や司法関係者が動いて、告発者が脅迫を受け、捜査担当検事が変死する中でウヤムヤ化された事件だった。
 最終的にお蔵入りはしたものの、状況から見て上記の疑いはほぼ事実と思われる。

 昭和期における政党の腐敗を示す象徴的な事件だが、政党がポストを目的として動き、軍人も公金を私的に費消し、経済人の一部も自社の利益に沿う国策を求めて蠢動するという、国家の末期症状といえる。

 壮大な利権構造に食い込んだキーマンだった石田基検事は、謀略によって殺害された。
 昭和の前半(昭和30年前後まで)は、手荒な謀略事件が権力によってしばしば起こされている。
 菅生事件以外はほとんど真相が解明されていないから、歴史の要所で、権力による完全犯罪が企画されてきたことがわかる。

 これらを解明するのが歴史家であるべきなのだが、近年、歴史の一部は、完全犯罪の不可欠のピースにさえ、なりつつある。

(文春文庫 2017,7,17 読了)