孫崎享『小説外務省』

 もと外務官僚が、尖閣問題をめぐるパワーポリティクスを描いた本。
 実在の人物が実名で出てくる一方、創作上の人物も登場する。

 尖閣諸島の帰属をめぐる問題は、日中国交回復当時から、両国の懸案事項だった。
 田中角栄元首相が、尖閣の帰属について議論しようとしたとき、先方の周恩来がその棚上げを提案し、日本側もそれを了承した、と著者は主張する。
 その点については、交渉の当事者だった園田元外相が証言しているから、おそらく事実なのだろう。

 本書によれば、現状変更を図ったのは、日本側である。
 日本側の実効支配を中国は黙認する一方、帰属をめぐる議論は「棚上げ」し、日本側は現状変更を自粛するという形で、相互に紛争を防止するという暗黙の合意が、野田政権時の「国有化」により破られたからである。

 著者は、尖閣も「北方領土」も、アメリカ・イギリスの東アジア戦略の一環だったと述べる。
 いわゆる北方四島が千島列島に含まれるか否かという基本的な問題を曖昧にしたのは、後日、日ソ間の紛争原因にするためだったというし、沖縄占領時から返還時にかけて、尖閣の帰属を曖昧にしたのは、後日、日中間の紛争原因を残すためだったという。

 およそ外交交渉が、表に出てきた公的な文書に終始するものでないことくらいは、自分も理解している。
 尖閣問題に関して言えば、政府による歴史の一方的な偽造とプロパガンダが、もののみごとに成功している。

 近年、『産経』あたりは、歴史認識をめぐる議論を「歴史戦」と表現している。
 じつに言い得て妙である。
 
 「記録」を民衆のものにしなければ、歴史は科学でなく、パワーポリティクスやマインドコントロールのための単なるツールと化す。
 もっとも大切なのは、記録を残すことである。

(ISBN978-4-7684-5730-6 C0031 P1600E 2014,4 現代書館 2017,2,9 読了)