飯尾憲士『開聞岳』

 知覧をはじめとする特攻基地から出撃した、大日本帝国の朝鮮人下士官の思いに迫ろうとしたドキュメント。

 陸軍士官学校生徒でもあった著者が、朝鮮人特攻隊員の周辺にいた人々を訪ねて、「日本人」ではない彼らがなぜ、「日本」のために命を散らしたのかを探ろうとする。

 本書に出てくる朝鮮人特攻隊員で創氏改名以前の本名などがわかっているのは、朴東薫(大河正明)、崔貞根(高山昇)、金尚弼(結城尚弼)、卓庚鉉(光山文博)の4人である。

 崔貞根(高山昇)中尉は友人に、「俺は、天皇陛下のために死ぬことなどできぬ」と語った。
 朴東薫(大河正明)伍長は、「内鮮一体というけど、ウソだ。日本は、ウソつきだ。俺は朝鮮人の肝っ玉を見せてやる」と語った。
 金尚弼(結城尚弼)は、日本のために死ぬ必要はないから兄に逃げろと言われて、「自分は、朝鮮を代表している。逃げたりしたら、祖国が嘲われる。多くの同胞が、一層、屈辱に耐えなければならなくなる」と語った。

 必ずしも知識層でなかった彼らの中に、「日本人」になりきってアメリカの艦船に突っ込んだ人はいなかったようだ。
 この作品で著者が何度も書いておられるように、朝鮮民族の独立をもたらしたのはアメリカであり、アメリカ軍は朝鮮民族にとって「解放軍」だった。

 彼らがアメリカと勇敢に戦うのは、朝鮮民族の一員としての、自分たちのプライドのためだった。
 軍における立場は全く異なるが、帝国陸軍中将・洪思翊もやはり、朝鮮人として日本の戦争に従事した人だった。

 特攻という究極の不条理に加えて、自民族を苦しめる異民族のために戦うという不条理の中に生きた人々の思いに、想像力をもっと働かせたいものだ。

(ISBN4-08-749478-0 C0193 P490E 1989,7 集英社文庫 2016,8,24 読了)