吉村昭『関東大震災』

 関東大震災に関するノンフィクション。
 さほどコンパクトな本ではないが、震災に関するさまざまな問題を史料に基づいて網羅しており、関東大震災が列島に何をもたらしたのかが、全て記されている。

 中でも流言に関する分析は、歴史家の記述と同様に詳細で、わかりやすい。

 余震が続く中で情報・交通が寸断され、恐怖に駆られた人々のあいだに、各種の流言が稲妻のように飛び交った。
 流言は恐るべき速さで広がり、国家権力・地方権力の中枢部さえも、事実と流言を判別できず、流言によって錯乱した命令や通牒を発する状態だった。

 権力が正確な情報を得ていないのだから、情報統制は全く機能せず、人々は流言を真に受けてそれぞれに行動した。
 そのような状況下で、朝鮮人虐殺事件が関東地方一円で発生した。

 本書に言及されていないが、韓国併合前後から三・一独立運動にかけて、「日本」が武力を背景に朝鮮で圧政を敷いていることが知られており、在日朝鮮人に対する漠然たる敵対心・恐怖心が広範に存在したことが、このような惨事を招いたのだろう。

 本年(2016年)4月に起きた熊本地震に際しても、全く同様の流言が流布している。
 大正時代とは情報流布の様相は全く異なるのだが、近年の韓国との政治的摩擦が背景にあることは間違いなく、さらに確信犯による意図的なデマの流布である可能性が高いと思う。

 関東大震災から90年から経過したにもかかわらず、その後相模トラフは大きく動いておらず、大地震のエネルギーを蓄積している。
 富士山の噴火も、予想される。
 これらが連動すれば、甚大な被害が出るのは確実である。

 現代の「日本」はどこまで、被害や虚偽の流言を食い止めることができるだろう。
 ネットという制御不可能な情報手段が存在する中で、権力が情報を統制するのは無理である。

 交通手段は大正時代同様に寸断され、被害者の救助もままならない事態が現出するかもしれない。
 そのような中で、権力による不正確な情報散布に惑わされず、事態を正確に把握し、行動できるかが問われる。

 本書に書かれているのは、すべて再現の恐れのある事態ばかりだ。

(ISBN4-16-716941-X C0193 \543E 2004,8 文春文庫 2016,7,7 読了)