川崎庸之『天武天皇』

 天武天皇を歴史の中に位置づけようとした書。

 戦後7年後に書かれた本だが、古代史の重要な転換点を、大義名分論でなく、史実を探ろうとして書かれており、天武天皇を偉いとかそうでないとかでなく、歴史的に捉えようとした学問的営為が形になったものだということが随所にうかがえる。

 本書の方法は、『日本書紀』を史実に即して徹底的に読み込むことである。
 歴史学の基本はもちろん、そうでなければならない。

 ところで天武は、自分を神と呼ばせ、神につながる自分の歴史を書くことによって、自分と自分の一族の権威を正当化させた大立者だった。

 ヤマト連合政権を構成した各部族には、従来から、神につながる由緒伝説があったと思われる。
 天武は、それらの諸伝説を切り貼りして、自分の一族に都合のよい天孫神話を書かせたのだろう。

 唐帝国を模倣して、法制度や官僚機構を整えて支配体制を盤石にするとともに、「神国」の歴史を捏造したのが天武(とその後継者の持統)だった。

 天武の書かせた歴史が捏造なら何が真実の歴史なのかという意見があるかもしれない。
 その答えは「わからない」である。

 はっきりしているのはただ、記紀は支配を正当化するために書かれた可能性が限りなく高いということであり、そのことを念頭に入れて読むならば、なかなか興味ふかい読み物だということである。

(1952,5 岩波新書 2015,9,7 読了)