北山茂夫『壬申の内乱』

 壬申の乱の概略とその意義について、『日本書紀』を徹底的に読み込むことにより、コンパクトにまとめた書。

 壬申の乱に関する史料は、『日本書紀』の「天武記 上」のみである。
 だから歴史家は、この史料を徹底的に読みこむしかない。

 ところが、『日本書紀』とは、天武が自らの統治を正当化するために編集させた書である。
 権力を握った天武は、当面する課題として、自分が大友皇子から政権を簒奪したものでないことを記録しなければならなかったはずだ。

 『書紀』でさえ、病に倒れた天智が大友皇子に権力を移譲したがった事実を否定していない。
 天武(大海人皇子)が権力を握るには、天智亡きあとの正統政府である近江朝を謀略と武力によって打倒するほかなかった。

 だから、「天武記 上」の記述には、本質的な疑問があることを留保しなければならない。
 ことによると、「天武記 上」が壬申の乱を偽造するために編された可能性だって、排除できないのである。

 たとえば、天智と天武は本当に兄弟なのか。
 記紀において兄弟あるいは親子とされている人々が本当に肉親であるのかについて、明確に証明できる史料はないと思う。
 権力の移譲関係を親族関係という形で表現したとすれば、「万世一系」神話は崩壊する。

 本書中の戦闘経過をみると、騎馬部隊の活躍が目立つ。
 大和盆地の支配者とは、そのような人々だったことがうかがえる。

 各地の豪族たち・政権幹部たちの中には、「渡来人」系と思しき人々が多い。
 「大和政権」が渡来してきた人々の政権だったという想定を否定する史料もまた、存在しないのである。

(1978,7 岩波新書 2015,8,27 読了)