奈良本辰也『高杉晋作』

 高杉晋作の評伝。

 高杉は、幕末の長州藩で倒幕に向けた藩論を牽引した一人である。

 高杉らの意見の背景にあったのは、外圧から「日本」をどのようにして守るかという点だった。
 当時、「日本」は存在しなかったのだが、ペリー来航以来、列強が相手としてきたのは「日本」だった。
 支配者・被支配者のいずれの立場にあっても、「日本」を意識せざるをえなくなりつつあった。

 武士たちとはそもそも、主君に仕える存在だったから、「日本」という発想はありえないのだが、封建的発想そのものが成り立たなくなっていたのである。
 幕末の長州であれば伊藤博文や井上馨ら軽輩の方が、封建的発想から自由であり得たのだが、長州藩指導層の立場にあった高杉も、藩の安全を再優先すべき立場と「日本」の独立維持という課題の狭間で揺れつつも、藩主を巻き込んでナショナルな立場で活動した。

 長州では、薩摩・会津・越前・土佐などの雄藩と異なり、藩主のヘゲモニーがさほど強力でなく、識見と実力を持つ家臣団・軽輩たちの力関係が実質的に藩政を左右していたから、高杉のようにナショナルな発想でものを考える人物が活躍する余地があった。

 高杉晋作本人の思想的立場は、比較的単純な尊王攘夷論だったようだが、中国への遊学や下関戦争という実戦を体験したことで、奇兵隊の編成といったナショナルな政策の立案が可能になったのだろう。

 読みやすい本だが、著者の描写は、歴史家らしくなく、半ば小説家のようである。
 著者の思い込みで歴史が叙述されているのではないかと疑いつつ、読んだ。

(ISBN4-12-100060-9 C1223 \660E 1965,3 中公新書 2015,8,27 読了)