沖浦和光『幻の漂泊民・サンカ』

 文献史料とフィールドワークの両面からサンカの歴史的位置について考察した書。
 三角寛のサンカ「研究」をていねいに論破している。

 カバーの惹句には「自由の民・サンカ」とか「「定住・所有」の枠を軽々と超えた」などと本の内容に反する言辞が並んでいるが、そんなものではなかった事実が、わかりやすく実証的に書かれている。

 サンカの系譜を古代・中世の被差別民に求める研究史はすでに立ち消え化している。
 サンカはまた、近世の被差別民とも重ならない。
 文献的には、幕末になってはじめて登場する。

 以上の点から著者は、サンカの発生時期は幕末であり、飢饉などの危機的状況のもとで在所から離れていった人びとのうち、町や他村へ出た「無宿」とは異なり、山と里の接点である河原や竹林を回遊するようになった人びとがサンカであると結論づける。
 これは、サンカの起源に関し、今のところ最も説得力のある説だと思われる。

 明治時代以降、サンカは、順次戸籍制度に編入されていったが、農地を持たない彼らは、年間を通して定住することはできず、一年のうち数ヶ月のあいだは相変わらず回遊しながら、川魚漁・竹細工・雑芸などによって暮らしを立てていた。

 定住生活と回遊生活を比べれば、定住生活のほうが安定しているに決まっているが、明治・大正・昭和戦前期はある意味で「自己責任」の徹底した時代だったから、生きていくためにはそうするほかなかったのだろう。

 たいへん苦しい生活だったに相違ないが、喜びも悲しみもあったはずで、川魚漁や竹製品製作技術などの知識や技術もあったはずである。
 雑芸を披露してお金やものをいただくには、定住民との信頼関係や人間関係があったはずである。

 これらの人びとの生きざまは、生きるということの意味そのものだったといえる。

(ISBN4-16-767926-4 C0195 \657E 2004,11 文春文庫 2015,7,27 読了)