五木寛之・沖浦和光『辺界の輝き』

 国家の定めた身分の体系の外で生きていた人々(マージナル・マン)の存在と役割についての対談。

 マージナル・マンは列島における国家形成の初期から存在した。
 征服者である初期国家の指導者たちは、先住民を「土蜘蛛」「長脛彦」「国栖」等と蔑称して支配しようとした。
 服従するまでの彼らは、マージナル・マンだった。

 その後、国家秩序が再構築される都度、マージナル・マンが生みだされた。
 平安時代には、山伏・遊女・各種行商人・漁民・各種遊芸民などが国家の支配を受けず、諸国を徘徊した。
 この中で山伏は、治承の騒乱で決定的な役割を果たしたとも言われる。

 このような人々は、時代が下るにつれて種類を増し、社会のどこかで存在して、社会が機能する上で必要な役割を果たしてきた。

 江戸時代は、宗門人別帳により、たてまえの上では全民衆を把握したことにになっている。
 権力によって賤民身分が位置づけられ、被差別民も人別帳に登載された。

 それでも新たなマージナル・マンの発生は続いた。
 沖浦氏は、サンカ・家船などの漂泊民は、幕末以降に発生したと推定されている。
 これは、これら漂泊民の起源について、もっとも説得力のある見解である。

 文字を残さないマージナル・マンの歴史は、海や山のように裾野が広い。
 それに思いを致せば、文字に残った歴史のせまさやセコさが情けない。

 この列島に命を紡いだ無名の人びとの歴史こそ、悠久である。
 奸計と裏切りの連続にすぎない支配者の歴史に学ぶべき価値など、ろくにありはしない。

(ISBN4-06-7208207-3 C0236 \800E 2006,9 講談社 2015,6,26 読了)