曽野綾子『ある神話の背景』

 近い将来、渡嘉敷島を訪れる可能性があるので、この本を読んだ。

 著者の執筆意図は、沖縄戦当時、渡嘉敷島で起きた集団自決に際し、日本軍から村民に対する「自決命令」が存在しなかったことを証明することのようだ。

 この件については、命令を出したとされる軍の隊長の遺族らが「自決命令」について書いた大江健三郎氏らを相手取って起こした損害賠償裁判で、原告敗訴の判決が確定しており、法的には、いちおうの決着がついているが、史実があったかなかったかは裁判で決める性質の問題ではない。

 ただ、読み進めていけばわかるのだが、著者は、軍関係者など、「自決命令」を否定したい人々への聞き取りと、1970年に編集された『陣中日誌』に主として依拠しながら論を組み立てており、「命令」の存在を証言している人からの聞き取りに際しては、あえてその問題に触れようとしていない。

 歴史を論ずる本として、これは、致命的な欠陥だろう。

 本書は、軍の命令があったかどうかについての著者の追究なのだが、集団自決という史実そのものがなかったと言っているわけではない。
 著者が敢えてふれなかった史実(朝鮮人軍夫への虐待など)の存在も指摘されているが、集団自決自体については、著者の描写を一読するだけでも、その悲惨さは十分伝わる。

 その意味では、読んで無駄ということはない。

(1977,11 角川文庫 2014,2,6 読了)