坪井洋文『民俗再考』

 民俗学の視点から日本列島の多様性について論じた書。

 列島のある時期に、焼畑農耕文化と稲作農耕文化が接触し、結果的に国家を形成したのは稲作民だったが、非稲作民の精神構造まで征服できたわけではなかったと説く。

 稲作が列島に伝播する以前に農耕が存在したことは、常識となっている。

 非稲作農耕が焼畑農耕であるかどうかや、そこで作られていたのが雑穀なのか芋類なのかはともかく、そこに稲作民とは全く異なる精神のありようが存在したことは、容易に想定しうる。

 稲作に不可欠なのは大量の水であるから、稲作民の死命を決するのは、水を支配する神や、水を作り出す山や森の神たちだった。

 非稲作民が暮らす場は、平坦地である必要はなかったから、彼らは、列島の至るところで、その地に適した暮らしを立てていただろう。
 狩猟や自然物採取に大きく依存する人々や、雑穀生産・芋類生産に大きく依存する人々にとっては、水に関わる神だけでなく、自然現象全体を支配する神たちへの恩頼感が大きかっただろう。
 おそらく膨大に存在したと思われる漁業民・海民はまた、海の自然を司る神に依存していたはずだ。

 列島民の精神世界を知る手がかりは、文献がほとんど存在しない以上、民俗現象や伝承などに求めるしかない。

 本書所引の千葉徳爾氏の「風土論の特質は環境論のように住民生活をその外的要因によって解説する方向でなく、住民生活それ自体が環境の総合的表現あるいは歴史的所産であるとみて、そのような生活自体の内容分析を試みる方向をとることにある」という指針で、民俗学が組織されれば、たいへん説得力のある「日本」文化像があらわれるのではなかろうか。

(ISBN4-88888-109-X C-3022 \1800E 1986,12 日本エディタースクール出版部 2013,8,2 読了)