七沢潔『原発事故を問う』

 チェルノブィリ原発事故の原因や影響について、関係者・当事者からかなり深く取材した書。

 原発が暴走した事故によって放射性物質が拡散し、東ヨーロッパ一帯が汚染された。

 中でも、原発が所在したウクライナ・隣国白ロシア(現ベラルーシ)・ソ連の汚染は深刻だったが、ソ連国家とソ連共産党は、事故の影響をあえて隠蔽し、過小評価した。

 国家によって推進された原発が事故を起こし、国民に甚大な被害を与えるようなことがあってはならないのだが、現にそのような事態に立ち至ったとき、国家は、事故をなかったことにしようとし、それができなければ、被害は軽微だと虚言する。

 これは、いかなる国家にも共通する行動パターンである。
 国家にとって大切なのは、国民より体面である。
 国民の被害を与えないことよりも、被害を与えたと指さされることを、より避けようとする。
 被害を与えたと指さされないためなら、被害が拡大しても、よしとするのが、国家である。

 事故後に、ソ連指導部がとった恐るべき事故軽視・隠蔽によって、避けられた被爆を強いられた人びとは、たいへんな数にのぼる。

 日本の原発は、政治家・学者・官僚・電力会社の共同体が動かしている。
 ソ連にとって、原発は、完全に国家=共産党のプロジェクトだった。
 一見すると責任の曖昧な日本のシステムより、ソ連の方が責任の所在が明確なように見えるが、共産党が「カラスは白い」と言えばカラスは白いとされたソ連においては、政治の責任など、ないも同然なのだった。

 本書の白眉は、チェルノブィリ原発の事故原因の追究部分である。

 チェルノブィリ原発事故の原因は、当時、運転員のマニュアル違反だといわれていた。
 しかし本書は、制御棒の設計上の欠陥が主たる原因だということを、明らかにしている。

 事故発生時に原発で働いていた運転員のほとんどが重篤に被爆し、死んでいったのだが、彼らは、事故を起こした張本人と指弾され、生き残った人は罪に問われて、服役した。
 運転員たちは、自分たちのマニュアル違反が事故の主因ではなく、ソ連の裁判所の判決はえん罪だと叫び続けているが、ソ連では、国家ぐるみの事故原因隠しが行われた。
 それに関わったエリート技術者が自殺するなど、国家の犯罪はお蔵入りとなったが、フクイチ事故でも、同様の原因隠しが行われている可能性は、否定できない。

 フクイチ事故に関しては、政府・東電は、炉心が冷却不能になった原因は想定外の津波であり、地震によって事故が起きたわけではないという線に落ち着かせようとしている。
 それは、地震によって事故が起きたとなれば、日本列島に原発を作ることができなくなるからである。

 「日本」では、官僚・「学」者・電力会社が一体となって、事故原因の隠蔽や偽造が行われつつあると推定される。
 彼らを逃がしてはならない。

(ISBN4-00-430440-7 C0236 P650E 1996,4 岩波新書 2013,7,13 読了)