井出孫六『ルポルタージュ戦後史(上下)』

 戦後の歴史上の事件をルポ風にふりかえった本。

 政治や経済の歴史でなく、ワイドショー的な意味での事件史でもなく、時代を象徴する事件の周辺を検証している。

 それぞれの事件は、真相や事実関係がはっきりしないまま忘れられているが、戦後史の節目節目で起きたいくつかの事件は、検証されるべきだと思う。

 結局真相不明の下山事件、権力犯罪だった菅生事件、下筌ダムをめぐる攻防、金嬉老事件、土呂久鉱害などは、きちんと振り返るべき事件だと思う。

 国鉄にまつわる下山・三鷹・松川の三事件は、占領軍が何らかの諜報機関を使って起こしたフレームアップの疑いが濃厚だが、どれ一つとして解決されずに、労働組合員と共産党員の仕業であるという流言が、政府・マスコミから大々的に流されて、国内世論を体制側へと誘導した。

 菅生事件は、警察が自作自演した猿芝居の舞台裏が露見したケースだが、警官たちにフレームアップの芝居を演じさせた裏の裏は謎のままである。

 下筌ダム建設をめぐる攻防は、法にも理にも情にも反してダムを作るとはどういうことかを、あまりにもドラマティックに明らかにした。
 室原翁は裁判闘争には負けたが、公共事業とはなんなのかを、司法を含む国家権力の理のなさを白日のもとに晒すとともに、ダムや原発と闘おうとする後世の民に、限りない勇気を与えつづけている。

 金嬉老事件は、戦後の「日本」社会が、戦前を忘れ去ろうとすることへの異議申し立てという意味を持っていた。

 土呂久の事態は、足尾・松木の集落や谷中村が体験したのと同じ、国家と企業が一体となった棄民政策が、戦後になっても何ら変わらなかったことを示している。

 これらの事件を忘却することは、歴史の中で誠実に生きることを忘れるようなものである。
 こういう本をもっと読みたいものである。

(ISBN978-4-634-54632-0 C1321 \800E 1991,6 岩波書店 2012,12,23読了)
(ISBN4-00-001198-7 C0021 P1700E 1991,7 岩波書店 2012,12,23読了)