麓慎一『近代日本とアイヌ社会』

 北海道旧土人保護法成立に至る政策的流れを整理した本。

 官僚や政治家の中には、アイヌからの土地の収奪を憂慮し、アイヌの日本人化をソフトランディングさせようとした人々が存在した人がわかる。


 もっとも、はっきり抑えておかなければならないのは、日本人化のソフトランディング政策とは、アイヌ民族のソフトな抹殺政策に他ならないという点だろう。

 たとえば、1899年の旧土人保護法制定以前の、1893年に北海道土人保護法案を提出したのは、埼玉県選出の代議士、加藤政之助だった。
 この法案の提出意図は、「優勝劣敗」の現実のもとで絶滅しつつあるアイヌに対し、「内地人」による彼らの土地収奪を防止し、アイヌへの農業奨励・衛生補助・教育補助などを進めるというものだった。

 そのような制度は、確かに必要だった。
 とはいえ、法により「保護」しなければ「絶滅」してしまうというのは、アイヌが「無知」で「能力」に乏しいということを前提とした議論である。
 制定者たちは、善意の議論をしているつもりであったのだが、彼らの認識の根底に、抜きがたい偏見があったことは、紛れもない事実なのである。

 本書に写真で収録されている『小樽新聞』には、「アイヌ人種はもともと心身の発育日本人とは異なるものにして不完全きわまるにより日本人と共に同一教育を施すは無理ならん」「人種改良の必要」「米人レッド・インディアンに対する保護条例のごときものを制定せん」等々という文字が並んでいる。

 アイヌ民族の自然観・社会観に基づく社会こそがじつは、人間のあるべき社会であったのだが、それは「劣等」なものとして抹殺の対象となった。
 近代「日本」は、近世までの日本列島民の知恵や技術さえ、片端から投げ捨てつつある。

 ものの考え方を根本的に転回させなければ、破滅は、遅かれ早かれ、時間の問題である。

(ISBN4-634-54570-5 C1321 P800E 2002,11 山川出版社 2011,10,11 読了)