井出孫六『信州奇人考』

 書名には「奇人考」とあるが、奇人の伝記ではなく、前半は、信州の特産物をめぐる人物群像、後半は、歴史の主舞台から少し離れたところを歩いた信州人物誌である。

 さほどの大国でもないのに武蔵は、最終的に東京と埼玉に分割された。
 それにひきかえ、信州は、県名や県庁所在地が不自然とはいえ、一つの文化圏としての存在感を保っている。
 例えば、木曽の馬籠宿が岐阜県に編入されたといわれても、たいへん違和感がある。

 山岳と盆地のおりなす信州の国土は、この列島の山国の典型的な姿だと思う。
 国土像が明確だから、近代以降も、その立地的現実に相応した産業が模索され、ユニークな人間が輩出される。
 はっきりした国から、はっきりした人間が作られるのであり、のっぺらぼうの国には、のっぺらぼうのような人間が育つのである。

 信州人は、信州人という自覚があるから、それなりに筋の通った生き方をする人が多かったのかもしれない。

 ところで、この本の随所に、山村経済に関する深い洞察に満ちた文章が見られる。
 できれば、このようなまっとうな認識の上で、ものを語りたいものである。

 自分自身がそうでなかったので、反省をこめて言うのだが、あらゆる地場産業の前提は、経済構造のリアルな認識である。
 著者は秩父事件研究をリードされた方でもあるのだが、1980年代初期に、このようなことをもっと強くおっしゃっていてほしかったような気がする。

(ISBN4-582-82881-7 C0021 P1800E 1995,4 平凡社 2011,6,27 読了)