安部龍太郎『武田信玄の古戦場を行く』

 タイトルにあるとおり、信玄の古戦場を訪ねる、歴史紀行。
 研究書ではない。

 武田信玄は、甲斐を支配した戦国大名だが、周縁の諸大名と、数々の激戦を戦っている。
 対戦相手として著名なのは、今川氏真・北条氏康・上杉謙信・徳川家康らだが、苦戦したのは、例えば村上義清のように、確固たる地盤を持つ在地の独立した武将だった。

 著者は、信玄は千曲川沿いに支配地を広げ、日本海の港を橋頭堡として(一族の居住する)若狭から京都をめざしたとする網野善彦氏の説に共鳴しておられる。
 十分ありえそうな話だが、今川・北条と信玄とは、姻戚関係によって時に同盟関係にもあったのであり、海からの上洛の途は、必ずしも日本海だけだったわけではない。

 にもかかわらず、信玄の北上戦略は、執拗であり、かつ切実な印象がある。
 上洛の意図にかかわらず、信玄にとって、高山に囲繞されていながら豊かな水流によって広い盆地を持つ信濃は、甲州に少ない水田農業を中心とした経済基盤たりえると見えたのかもしれないし、犀川と千曲川を使った舟運によって広範囲な交易を企図していたのかもしれない。

 著者は、地元への取材と一定の実踏によって、信玄の侵略意図に迫ろうとしている。
 自分としては、山城に立って、各方向から古戦場を眺めつつ、動乱の時代に思いをはせてみたい。

(ISBN4-08-720365-4 C0221 \660E 2006,11 集英社新書 2011,3,8 読了)

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